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彼との話1




 彼と出会ったのは高校の夏。始めたばかりのバイト先で、意気投合し話していくうちに同じ学校の隣のクラスだということが判明。夏休みの間はバイト先で、二学期が始まってからは学校でも度々言葉を交わすようになった。

 二年に進級してからは同じクラスになった。この頃には彼はもうバイトを辞めていたけれど相変わらず付き合いは続いていた。互いに部活には入っていなかったので放課後少し遊んだり、たまには一緒に帰ったりと友情を深めていった。

 いつ、好きになり始めたのかなんて覚えていない。ただ自覚した時の事だけは鮮明に覚えている。

 三年になってクラスはまた別れた。それでも変わらず親しくしていたある日の放課後。

 教室の中で一人席について何をするでもなく外を眺めていた。

「辻本?」

 声をかけられドアの方を見ると鞄を手にした彼が覗きこんできていた。

「なにしてんの?」

 手に持っていたトランプのケースを彼に見えるよう軽く持ち上げる。

「ハルとトランプしてたんだけど後輩に呼び出されたから待ってる。宮下はもう帰るとこ?」
「おう」

 おうと言いつつ彼は教室に入って来ると目の前の席に座った。

「何?」
「いや」
「ああ、勉強しなきゃだから帰りたくないんだ?」
「………」

 図星を指されて顔を背ける彼の態度に笑いが溢れる。

「…そーゆーお前こそ、遊んでていーのかよ」
「いーんじゃない?息抜き息抜き」

 笑いながらケースからトランプを取り出しゆっくりと切り始める。

「せっかくだし、やってく?」
「二人でかー?」
「スピードとか」

 嫌そうな顔をする彼に構わずさっさかトランプを分けていく。

「ほら、早く」
「スピードか。スピードねぇ…苦手なんだよなぁ…」

 苦手と言う言葉の通り彼はめちゃくちゃ弱かった。それはもう、笑いが止まらないほどに。

「あはははっははっ……っくるし…」
「そこまで笑うこたねーだろ」
「だ…だって弱い。宮下本当に弱いよ」

 こんなにもスピードの下手な人間なんて初めて見た。目尻の涙を拭いながら言うと彼はふてくされる。楽しい。

「どーする?勝負になんないし別のやる?」
「別?ババ抜きか?」
「つまんないよ。せめてジジ抜き」

 そしてゲームを始める。

 静かに流れる時間の中でトランプをやり取りする音、時計の針の音だけが響く。時折グラウンドから部活の声が聞こえる。

 穏やかな空気。

 後輩に呼び出されたハルは何時戻ってくるのか。

「宮下のさぁ」
「んー?」
「下の名前って確か雅則だよね」
「それがー?」
「名前の由来って?聞いても?」
「あー…じーさんが雅昭で親父が雅人。ちなみに弟は雅紀」
「皆雅なんだ…」
「お前は?恵だっけ?」
「うん。まぁ読んで字の如くだけど」

 どれがジジかはすぐにわかる。後はどう取らせるかだけ。二人だとババ抜きと全然変わらない。失敗したかな?

「まぁ本当は姉の名前になるはずだったんだけどね」
「え?」

 軽く驚いたような声に顔を上げず頬杖をつく。視線はトランプに落としたまま。

 やっぱ別のゲームにした方が良かったかも。

「無事に生まれっこなかったからこっちに名前回したんだって。一生懸命考えたから」

 それって手抜きなんじゃとも思わなくもなかったけれど。

「でもさ、なんかこういうのってまるで代わりみたいじゃない?」

 だからどうと言うわけではないし、親を恨む気があるわけでもない。ただなんとなくそう思ってしまう時があるだけ。別に誰かにわざわざ言うようなことではないけど、ふと彼に聞いてほしいと思った。

「恵」
「んー?……んんっ!?」

 適当に返事をして、けれど突然下の名前で呼ばれたことに驚き顔をあげると彼がじっとこちらを見つめていた。

 あっ、

「俺にとっての恵はお前だけだからな」

 そして笑みを浮かべる。

 さわりと風が吹く。

 一瞬の時が止まったかのような錯覚。

 重たくするような話じゃなかった。本当に時間潰しのつもりだった。それなのに彼は真面目に聞いてくれた。受け入れてくれた。ずっと抱えてきたわけではない。心の闇と言うわけではなかった。それでも。

 嬉しかった。

 泣きたくなるほどに。

 好きだと、そう思った。

 何も言えなくなり俯く。どうしよう。どうしたんだろう。今まともに彼の事を見れない。いきなり見ていた景色すべてが変わってしまったようで。

 何で。

 どうして。

 どうしよう。

 何にも変わってないはずなのに。変わってしまった。気づいてしまった。自分の気持ちに。

「恵っごめん!待った?……って宮下?」
「おうっ」
「なにしてんの?」
「暇つぶしに付き合ってたんだよ」

 聞こえてきたハルの声。彼の立ち上がる気配。

 ようやく、顔をわずかにあげる。

「んじゃ、おさき」
「―――っ」

 無造作に人の頭をがしがしと掻き乱す。まるで、まるで泣き出しそうな子供に対してするようで。

「また明日な」
「あ…うん」

 ようやく、かすれた声でそれだけを言う。ぼんやりと彼の後ろ姿を見送る。

「イヤー、まいった。まいった。もう引退したってのに頼りにされ過ぎちゃって」

 それは単純に引き継ぎをちゃんとやっていなかったから。そう頭の隅で思ったけれど声に出すことはなかった。それどころじゃなかった。

「〜〜〜っ」

 トランプを散らかしたままの机の上に突っ伏す。

「うわっ、どした?」
「何でもないー」

 何でもない。

 何でもなく、ない。

 自覚してしまった。気づいてしまった。もう、今までみたいにはいられない。どうしたって意識してしまう。

 それを考えると混乱してくる。

 突然の奇行に心配するハルの声と頭を叩く手が遠くに感じた。





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あきゅろす。
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