5 ―――…ピンポーン 誰かが来た合図。 実家とは違うチャイムの音に、すぐ反応できなかった。 新しい住まいの片付けから手を離し、小走りで玄関へ向かう。ここはアパートの二階だから、そんなドタバタ走れない。 鍵がかかっていないドアを開いて訪問者を見遣る。 「………は」 どなたですか? その言葉が出てこない。 なぜなら、 どなたもなにも、知りすぎている人物だったから。 「…お前さ、確認もしねェで開けるってどういうことだよ」 「………え、……は?」 「は?じゃねーだろ。しかも鍵閉めてなかったな。無用心ってお前のこというんだぜ」 呆れたようにおれを見下ろすのは、つい先日家の前で別れた奴で。その日、めでたくおれの恋人になった奴で。 もう滅多に会えないだろうと思っていた人物だった。 「エース…?」 「おう」 「な、なんでいんの?」 「なんでって、」 ニコッと笑う顔は珍しい。 親指で指した方向は、真横。 「お隣だから」 「……………なんだって?」 「部屋、隣」 わざわざ二回言ってくれた。 そう言われても信じるものも信じられない。 おれは適当な靴を爪先に引っ掛けて、長身男を押しのけかかとを潰しながら隣の部屋の前まで走った。 標識には、奴の名前。何度読み返しても、おれの後ろでニタニタと笑っているだろう男の名。 何のドッキリですか、これは。 ポカーンとする口を閉じられないマヌケなおれの顔を見て、エースは憎たらしくも声をあげて笑っていた。 「ど…ッ、どういうことだよエース!!」 「いや、な。驚かせようと思ってわざと言わなかったんだよ」 「ここ、大学の生徒用のアパートだぞ!?」 「あれだ。コネだ。コネ」 「コネって…っ、そんな大層な人脈お前にあったのかよ…!?」 「就職先の上司がな」 それって、例の“オヤジ”さんだろうか。 荒れてたエースを赤子の手を捻るように静めた人らしいから、きっと凄い人なんだろうと思ってたけど…。うちの大学に関係あるのか? “オヤジ”さんの話をするエースは、父親の自慢話をする子供みたいな顔をする。今もそんな顔だ。 無邪気な顔一変。普段の悪人みたいな顔に戻る。つくづく思うけど、ヤーさんとか似合うよお前。 「ビックリしただろ」 「するよ!もうなかなか会えないもんだと思ってたから…」 「実はというと、こっから就職先まで近いんだ。大学の近くだぜ」 「聞いてねェよ!そんなこと!!」 「言ってねェし。…でも、嬉しいだろ?」 「うっ」 イタズラ成功! 堂々と顔に書いてある。満足気で機嫌がいい。 こういう時の顔は…好きだ。可愛げのない悪戯をされても、この笑顔を見せられたらどうしても許してしまう。 …これが惚れた弱みってやつ。悔しいって言ったら、負けだ。 もう、好きになった時点で負けてんだけどな。 「う…嬉しかねェよ!」 正直になれないおれはまたウソをついて奴から逃げる。 そのウソもアッサリと見破られてることはわかってるんだ。 素直じゃねェな、と頬を抓られたが、その手も振り払って自分の部屋へと戻った。 案の定ついてくる。勝手におじゃまされて、まだ片付けてねェのかと文句言われて。 …いつもの日常が帰ってきたことに安心してしまったのは、おれだけの秘密だ。 片づけを再開しようとダンボールの山に手を掛けたとき、ぬっと横から手がやってきておれより大きな手で目隠しされた。 なにすんだ、ともがこうとすると、頭のてっぺんにプニッとしたものが振ってきて体が固まる。聞こえた声は笑っていた。 「おれが、そう簡単にお前を手放すと思ったか?」 随分と楽しそうな声。 ……どうやら逃げることもできなさそうだ。 目隠しも外れて開放されたけど、顔の熱さが消えるまでしばらくダンボールと睨めっこするハメになった。 ほんと、…こいつには敵わない。 「そういや、サボもこのアパートだって知ってんのか?」 「知ってる。あいつにはもともと連絡してた」 「おれだけハブられてたってことか!?」 「そうカッカすんじゃねーよ。サプライズってやつ」 「いい迷惑だ!おれがどんだけ…ッ」 「どんだけ?」 「〜ッ!!もういい!!エースなんてダンボールの角に頭ぶつけて死ね!!」 「地味に痛ェなそれ…」 この後のおれの発言も全部照れ隠しだとまとめられてすっげェ不満に思った。 BLはこれが限界かもしれない。 甘いの書いてるとこっちが恥ずかしくなるよ。 |