神様の憂鬱
ポケットの中の鍵
「―――……え?」
何 で す か こ れ は。
キョロキョロと辺りを見回しても、知らない店の看板、知らない番地が書かれた電信柱、など自分が見知った場所や景色は一切見当たらない。
道を歩いている人だって(変な目で見られた)、毎朝すれ違うご近所さんとは似ても似つかない人ばかりだ。
(っ、そうだ!)
勢いよく後ろを振り返る。
そして、そこにある景色に愕然とした。
「………何、で」
振り返れば直ぐ見える筈の、俺の家である小さな一戸建て。数分前には確かにあったそれが、
跡形も無く、消えていた。
代わりに、とでもいうように俺の目に映るのは、素人目にも明らかな高級マンション。思わず後ずさった時に聞こえた微かな金属音に、ポケットへ手を差し込めば、出て来たのは最新式の、鍵。
(………いやいやいや、これはない。落ち着こう、俺。ポケットに戻してもう一度見れば、)
チャリン。
最新式の、鍵。
(だーかーらー!!何で?この鍵何処の!?てかもう空気がこのマンションって言ってるんだけど!!ご丁寧にも部屋番号も彫ってあるしね!)
ポケットの中にあった鍵を握り締めて、道の真ん中に立ち尽くしている自分はきっとおかしな人に見えるんだろう(それどころじゃないんだけど!!)。とりあえず、一縷の、というより一億分の一つ位の希望に賭けて、目の前の高級マンションへ足を踏み入れる。
(開かなきゃそれで良いし、後で交番にでも届ければ良いよね)
入口から直ぐの住民専用口の横のパネルに数字キーと鍵穴を見つけて(オートロックらしい)、鍵に彫ってある部屋番号を入力した後、恐る恐るそこへ手の中の鍵を差し込んだ。
――ピー、ガチャン。
「……うっそぉ」
開いちゃったんですが。
甲高い電子音の後にロックが外れる音がして、専用口のドアが自動で開いた。
「いやいやいや、ちょ、え?」
入口を振り返ったり中を覗いてみたり、誰かが代わりに開けたんじゃないかと住民を探してみるけれど、残念な事にロビーも含めてこの場に居るのは俺だけ。
つまり、この鍵はこのマンションのもの。
勿論俺がこんな高級物件に住んでいる訳は無いからこの鍵は他人のものだ。
(えぇえええ!どうしよ!)
他人の、しかも高級マンションの鍵を持っている事実に血の気が引く。混乱して意味不明に首を巡らした(人がいなくて良かった)。
背中には冷や汗がダラダラだ。
いつまで経ってもドアの前で停止している俺を急かすようにもう一度電子音が鳴る。
「何………………え?」
パネルに綴られた無機質な一文。
“お帰りなさいませ高科様”
それを読んで、俺は今度こそ言葉を失った。
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