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君が笑うから(9`10)
 困った。普段は不遜な態度をとっているクジャが、珍しく心の中で呟いた言葉だった。

 イミテーションと言う正体不明の敵が現れて数週間。常に一人で行動しているクジャが探索と言う名の散歩に出かけた時、不運にもイミテーションの大軍に遭遇してしまった。
 もちろん、突然の襲撃に後れをとるクジャではないが、獅子と兵士のイミテーションが放った攻撃で怪我を負ってしまった。さらに怪我を負った個所も悪かった。怪我を負ったのは両足と脇腹。

 傷を負ってもイミテーションの大軍は何とか追い払ったが、負傷した足では歩く事はできず魔法を使う力も底を尽いた。
 それに、カオスは常に単独行動に重きを置いている。カオスの仲間たちはクジャがしばらく帰ってこなくても心配をする事はないだろう。

 クジャは大きな溜息をついて身を隠した大岩に凭れかかる。油断していたとはいえ、この失態。
 誰かに見られたら自分の実力を低くみられるのではと、そちらのほうばかりを心配していた。
 とにかく、少し休み魔力が回復したら、鎮痛効果のある魔法をかけて陣営に戻ろう。もちろん、無事そうな演技を見せてから。

 魔力を回復させるために少し休もうと目を閉じようとした時、思いがけない相手がクジャの前に現れた。

「どうしたんだ?」

 突然、声を掛けられてクジャは声の方向に目を向ける。
 そこにいたのは金色の髪を持つ小さな子ども。その子どもは瑠璃色の目をどんぐりのように見開いて、動けないクジャを観察していた。

 クジャにはこの子どもと面識がある。確かセフィロスが『カオスの駒にする』と連れ帰ってきた秩序の戦士。名前は『ティーダ』と言っていた。
 彼はイミテーションの攻撃を深く受け、自分の名前すらも思い出せない状態で保護された。
 最初はセフィロスに着いて回るだけであったが、最近はカオスの陣営内を自由に歩き回るようになり、保護者であるセフィロスと一緒ならば周辺の探索にも行くようになった。

 そのティーダが何故一人でここに居るのか。その答えは簡単。セフィロスとはぐれてしまったからである。

 普段のクジャであれば魔法でも放って追い出す所だが、今現在そうはいかない状態である。
 今のクジャは怪我をしている。追い出す気力もないまま、ほんの少しの時間が経つ。
 いつもと違うクジャにティーダは首を傾げると、衣服や足に滲んだ血を見て驚愕に目を見開いた。

「怪我、しているのか!?」

 突然、ティーダが声をかけてきて、不意をつかれたクジャは「…そうだよ」と気のない返事で答える。
 怪我をしているからどうだというのだ。むしろ、放っておいてくれという言葉を乗せて。

 だが、ティーダはクジャの言葉の意味を汲み取らず、ちょこちょこと近づく。
 その遠慮のない行動に本気で追い出そうかとクジャが考えた時、ティーダの手が傷に優しく触れた。

 傷に触れたティーダの顔は痛そうに顔をゆがめている。人の怪我を自分のことのように思うティーダにクジャは瞠目する。
 怪我の痛みはないが、魔法で痛覚を遮断しているだけである。こうやって安静にしていなければ、いつ傷が開いてもおかしくはない状況である。

 ティーダは滲んだ血液で汚れた包帯を見てそれを直感的に感じ取ったのか、腰に備え付けているポーチを探って一つの瓶を取り出した。
 ティーダが取り出したものは怪我をした時によく世話になるアイテム、ポーション。

 イミテーションが跋扈し、探索が困難になった現在においてポーションは希少な回復アイテム。
 それにも関わらず、ティーダはポーションの蓋を開けて躊躇うことなく薬をクジャの傷に振りかけた。

 その行動にクジャは珍しく目を見開いて驚き、ティーダを叱責するかのような大声を出した。

「馬鹿!何やっているんだい! これくらい安静にしていれば治るのに、希少なアイテムを使うなんて…」
「だって! クジャの怪我を放っておいたら、ずっと動けなっちゃう!
 これ、俺が見つけたアイテムだからみんなに迷惑はかからないし、俺が持っていても意味がないから」

 ティーダが発した言葉の端々に少々疑問が残るが、今はティーダに従った方がいいとクジャは口を噤む。
 実際にポーションの効き目は絶大で、怪我がみるみる塞がっていく。そして、ティーダは瓶に残ったポーションをクジャの前に差し出す。ポーションは飲む事で魔力を回復させる効能があるからだ。

 ティーダの厚意を素直に受け取る事にしたクジャはそれを受け取って飲み乾す。半分の薬は怪我の治療に使っていたため完全とまではいかないが、多少の浮遊魔法や攻撃魔法を使えるまで回復する事ができた。

「よかった。これで動けるよな?」
「…ありがとう、感謝するよ」

 怪我を治してもらったクジャが珍しく礼の言葉を言うとティーダはにこりと嬉しそうに笑う。
 その表情は彼がコスモスに居る時には一度も見る事がなかった儚げな微笑み。おそらく、記憶がないという不安定な状態が今の彼を作っているのだろうと思うと、高揚すると同時に淋しい感情が生まれた。

 やはり、一番彼に似合うのは、あの無邪気な太陽の笑顔だ。

「…もう、あんな泣きそうな顔をするんじゃないよ」
「うん。クジャが元気になったから、俺、もう泣かない。あ、セフィロス―!!」

 クジャが何気なくティーダの頭を撫でると、ティーダはまた嬉しそうに笑う。そして、彼の保護者の姿を見つけるとすぐにクジャの手を擦りぬけて何処かに行ってしまった。

 …セフィロスではないが、彼の笑顔はずっと見ていたい。
 もし、彼の笑顔を見る事が出来るならば、自分はどんな道化にでもなってやろう。

 そんな決意を心の隅でしたクジャはセフィロスに見つからないよう、姿を消した。

君が笑うから End お題配布元:猫屋敷

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あきゅろす。
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