魔法少女リリカルなのはA's+
B3
「ぐっ!」
アクセルシューターを避け、なのはとの距離を詰めていく。
回避がギリギリだったため、まるで鋭利な刃物を掠めたように頬が裂ける。
血が滴るのを感じた。
ピリッとした痛みに顔をしかめつつ目前に迫ったなのはに気を移す。
なのはもまさか近距離戦を挑んでくるとは思っていなかったのだろう。
唖然とした表情の後、力任せに振り落としたシュネーヴァイスを反射的に受け止める。
鍔迫り合いの体勢から互いの魔力が反発しあい、バチバチとまるで紫電のように辺りへ迸った。
どちらとも無く弾かれた二人。一瞬後再び激しくぶつかり合う。
それはまるで予め脚本が用意されているかのような攻防。
攻め、攻められ、弾き、弾かれ、阻み、阻まれ、避け、避けられる。
表情を崩さないかなでだったが、心中はそうではない。
奇しくも両人共にロングレンジを主体とする魔導師である。敢えて不得意な近距離戦に持ち込んだのは相手が自分と同じ遠距離特化型ならばと踏んだ、かなでなりの奇策。
しかしなのはにはフェイトやヴィータと戦った経験から、近距離における戦い方を紛いなりにも心得ていた。
たったそれだけの理由。
それだけでかなでの奇策はあっけなく失敗に終わったのだ。
そしてこの攻防はかなでとなのは、二人で無ければ成立しなかっただろう。
どちらともそれは理解していた。
クロスレンジのプロフェッショナル相手ではないが故に互いに一歩たりとも譲りはしない。
「ねぇ。かなでちゃんの居た組織で何があったの?誰が襲撃してきたの?」
幾度目かの衝突。
息がかかる程の近距離。
デバイスを交差させて迫り合う中、かなでの頭上から回避したはずのアクセルシューターが牙を剥く。
そのほんの僅かな気配を察知して体を流す。一瞬と言うのもおこがましい程の刹那。かなでの姿がブレたかと思えば、アクセルシューターは再び目標を見失う。
「だから!そんな事覚えてないよ!!」
押さえられない感情は激昂となり口をつく。
しかし、頭の中は不気味なほどに冷静。
証拠に、目標を見失って乱舞するであろうアクセルシューターの不規則な軌道が、実際に見ずとも面白いように予測できる。
鍔迫り合いから離脱する。
かなでは弾かれた衝撃を吸収し、ふわりと風に乗りながら右手だけを斜め後ろへ向ける。視線はなのはから片時も逸らさない。
そのおおよそ戦場には似つかわしくない酷く緩やかな動作が、まるでスロー再生されたかのような、そんな錯覚さえ覚えさせる。
明後日の方向に向けられたかなでの掌になのはが疑問を抱くより早く、かなでの五指からは稲妻に似た粒子が衝撃波と共に爆ぜる。
そしてそれはなのはのコントロール下に戻る前のアクセルシューターを一切の狂いも無く打ち落としてみせた。
「!!?」
その驚愕は果たして何に対してか。
*******
組織?襲撃?
なのはが言っている事の意味がわからない。
僕が組織にさらわれて、そこで戦闘訓練を受けた?
忘れたと思っていた頭痛に再び気がいく。頭痛の合間に見える光景は僕の――
──過去?
仲の良い男女。悪戯な笑みを浮かべる少女。赤い研究所。刀の男。白い部屋。金色の魔導師。
――――燃える、屋敷。
『やっと思い出したんだ?』
と何かが声をかけてきた気がした。
頭ガ痛イ。
頭ガ痛イ。
割レソウダ。
吐キ気ガスル。
アァ、コレハ。
アノ時ノ……。
一際大きな痛みが襲う。
まるで頭の中に直接大音量の音楽を流されているような、そんなどうしようも無く不快な痛み。
「かなでちゃんは襲撃された組織から管理局を頼って逃げてきた。でも、敵に追いつかれて戦った。そこで記憶を失ったんじゃないの!?」
なのはの声が遠く聞こえる。
段々と侵食されるような感覚。
いや、これは……。
僕が戻ってきた感覚?
まるで一枚一枚脈絡のないパラパラ漫画を見るように記憶があふれ出す。
その記憶の中に鮮明に残る映像があった。
屋敷に燃え広がる炎の朱とは別の紅。そこに見える紅い両の手は確かに自分の物で……。
あぁ、わたしなんだ。こんなにも醜く、汚い生き物がわたしなんだ。
「その後だって何も悪い事なんてしてないよ!?かなでちゃんは記憶を取り戻そうとしてただけ。かなでちゃんは被害者だよ!!」
「あはは。そっか、わたしは。あはは……」
肩を震わせて居たかなでがぼそりと呟き、覇気の無い声で空笑う。嗤う。哂う。
「違うよなのは?わたしはそんなにキレイじゃない」
「あ……え?」
理解が着いてこない。
「なんでパパもママも死んじゃったの?なんで仇の仲間にならなきゃ生きて行けないの!?なんでその中で手に入れた力が僕を救うの!?僕はそんなの望んじゃいなかった!!パパとママがいてコロンが居てくれればそれで満足だったんだ!」
一転、無我夢中で吐き出される言の葉。
叶わなかった平穏。
外気に触れた息は白くなり虚しく流れていく。キンと冷えた空気にかなでの声はよく通って、悲しみが、痛みが、
なのはの心へジワリと染み込んだ。
かなでの脳裏には、返り血で真っ赤に染まった己の手と視線を上げた先に居たアノ子の瞳。
「たしかにわたしは管理局を頼ったよ?でもそれはなのはが思い描いてるようなキレイな理由なんかじゃない!」
かなでは過去に自分が何をしたかを思い出した。
そして何故なのは達から離れるような真似をしたのか正しく理解する。
そう、表面上は敵対するからという至極当たり前な理由からだった。
でも実際は違う。
鮮明に甦る過去。
怖かった。こんな汚れた自分が、未だ汚れを知らない子達と居てはこの子達を汚してしまうのではないかと。いつか自分の汚さに気付かれ、剣を向けられるかもしれない、と。
だからわざと嫌われるような言葉を発して、遠ざけた。
あの日アノ子から向けられた侮蔑、拒絶、敵意の眼差しと同じ物を他の何者でもないなのは達から向けられたくなかった。
あの日。
初めて灯火を掻き消した日。
――もぅ……いいや――
「……少し、昔話をしようか?一人の小さな女の子が送った『こんなはずじゃなかった』お話を」
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