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X7 〜ペケナナ〜
RX−7 前編



目の前に広がる車の山。いや、その積み方から墓場と言った方がいいか。夕焼けで出来た墓碑のようなシルエットから長く伸びる影。


此処は人の手によって造られ、人から人の手に渡り、人の足として生き、そしてその役目を終えた彼らが最後に辿り着く安息の地。


普段見慣れている筈なのに、此処に積まれた彼らには心が宿っていない。そもそも、彼らは機械であるからして本来心というものを持ち合わせていない筈なのだが、この風景を見ると何故かそう感じてしまう。


乗り手が居ないだけで本当にこうなってしまうものなのか?と、カヲルの車の後部座席でそう思うシンジ。



「何しているシンジ、早く降りろ」



先に降りていたゲンドウが偉そうに腕を組んで呼んでいる。

カヲルの車を見ていたら突然「シンジ、これから車を買いに行くぞ」と言い出し、止めに入ったユイの制止を振り切って、無理を言ってカヲルの車で、しかも運転までさせて貰ったゲンドウが呼んでいる。



しかし、シンジは動かない。というか動けない。


「ゴメンゴメン。まさか、この車で人を後ろに乗せる事があるなんてね」



シンジは苦笑いをしながら、完全カッパギ仕様でロールバーが入っているこの車――後部座席を含む室内の内装を全て剥ぎ取り、ジャングルジムの様に鉄の棒が張り巡らされている室内――の元々は後部座席があったであろうという地肌が剥き出しの鉄の床の上でロールバーにしがみつく姿勢で座っていた。



ドアからの乗り降りは不可能で、ハッチバックのトランクを外からカヲルが開けてくれないと降りられないのであった。





「……ゴメンね。父さんのワガママに付き合わせちゃって」


「いやいいんだ。でも、警察に見つからなくてよかったね」

「う、うん…」



万が一事故に遭えば確実に窓を突き破り外に放り出される事が分かっているシンジは、むしろ警察に見つかってこの愚行を阻止して欲しいと、念仏のように頭の中で唱えていたことをカヲルは知らない。



「それにしても、車を買いに行くと言って解体屋に来るとはね……あの車見てたらどこか有名なショップに知り合いでも居るんだろうと思ってたのに」


「?…解体屋って何?」


「解体屋ってのは、廃車になった車体から再利用出来る部品を取り外して…」


「何してる!!早くしろ!!」



ゲンドウがなかなか来ないシンジたちを大きな声で呼ぶ。シンジはカヲルの説明も聞き終わらないまま「ゴメン」と謝り、ため息を一つついて駆け足でゲンドウを追った。



『冬月garage』と書かれた看板が下がるその店のシャッターは客を拒むかのように閉められていた。



「………休み?」


「いや、ここはピットだ。店はこの裏にある」



そう言ってゲンドウは足早に歩き出し、その後をシンジが追う。カヲルもすぐ後をならって歩いていたが、ふっと気がついた様に振り返り、周りに積まれた車の車種を確認するように見渡すと、「なるほどね」と呟いてシンジの後を追った。



裏に回ると同じ敷地内なのかと疑う程ピカピカに磨かれた車がオートサロンの会場の展示車両のように綺麗に並べられている。

そのラインナップは現行車の整備から、サーキット、最高速、ドリフト、ゼロヨン、旧車のレストアまで、ジャンルを問わずになんでもこなすという店側の意思表示だろう。



「久しぶりだな碇」



店から白髪頭の男が後ろで手を組ながら出てきた。



「この店の店主の冬月だ」



シンジは冬月と目を合わすと、ペコリと頭を下げる。



「あのレビンのエンジン。なかなか良かったぞ。しかし、この年になってまでまだ辞められんとは…ユイ君も呆れていたぞ」


「そういう話しの前に先に用を済ませたい」




冬月にそう言うとゲンドウはシンジの背中を押し、疑問系で見上げるシンジに顎で「行け」と合図する。


「えっ?」


「自分で好きなのを選んでこい」



展示車両から少し離れた所に並ぶ車列を冬月が指差す。そこではカヲルが楽しそうな顔で車を見ていた。



「彼は詳しそうだな。分からない事は教えてもらえ」



と言われても、ぶっちゃけ車なんてどうでもいいシンジは何を聞けばよいのやらと思いながらカヲルのもとへと歩み行く。



「すごいよココの車。あの人本物のプロだね」



と目を輝かせながらカヲルはシンジの隣に立つ。



「そ、そう……よかったね」



車を見渡しても何がいいのかサッパリ分からず。ただ何となく車高が低いのが多い気がする程度しか分からなかった。



「ねぇ、ここの車って車高低いよね。なんで?」


「何でって、シャコタンの方がカッコいいと思わないかい?」



と言い、並べられた車の中でも一番車高の低い青のシルビアの前にしゃがみ込んで、自分の拳をリップと地面の間に入れようとする。



「これ見てよ。拳が入らない。19インチのホイール履かせてるのにこの車高はあり得ないよね。」


「低いと良いことあるの?」


「ここまで下げると意味ないね。むしろ悪い事の方が多いよ」


「それがカッコいいの?」


「……じきに分かるようになるよ。常識を超越した世界観。その美学がね」

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