X7 〜ペケナナ〜
母の事情、父の自重
シンジがもう30分程で帰ってくるだろうという頃。家に居るユイは取り入れた洗濯物をたたみ、その隣でゲンドウは新聞を読んでいた。
「あなた、新しい車の事ですけど、先生の所には連絡しておきましたから今日か明日か、仕事が忙しくないうちに行ってみたら?」
「ああ、そうしよう」
「でもランエボとかインプとか、あんまり過激なのはダメですよ。あなたも若くないんだし」
「………ダメなのか?」
ゲンドウの顔が上がる
「ダメです」
「何故だ!!」
「ダメなものはダメです!!」
「………わかったよ、ユイ」
キッパリとユイにダメ出しされ、落ち込んだ顔で新聞を畳むゲンドウ。
「まったく、いつまでも子供みたいな人なんだから。少しは私の事も考えて下さいよ。いい年したオバサンがスーパーにネギや白菜を買いに行く車ですか?」
「インプでスーパーに買い物しに行ってもいいではないか」
インプとは『スバル・インプレッサWRX』の事である。
「あなたの事だからすぐにWRCみたいな車になるのは目に見えてます。そんな車じゃ恥ずかしくて私乗れません」
「何故だ!!WRC仕様なら外装はノーマルでいけるし、車高だって高いからイジってる様には見られにくい。それにエンジンもパワフルで、足まわりの限界もかなり高いんもんだぞ!!」
以前のレビンを、購入から3日でワイドボディー化したフルエアロを纏い、デカデカとリアにGTウイングぐを取り付けたら、1時間以上ユイに説教されたという経験から導き出したWRC仕様を譲りたくない様子のゲンドウ。
「私は毎日、スーパーに行くのに限界まで攻めた走りでタイムアタックをしなくちゃいけないんですか?」
「買い物のマンネリ化を防ぐ為に週に一度そういう日を作ってだな…警察に捕まるかもしれないというのが刺激になって肌の艶と張りが良くなって若返りにも…」
「なりません!!ていうか、肌の事に関しては余計なお世話です。私の気にしている事を………とにかく、ランエボもインプも、あとシルビアもスープラもS2000もRX-7も、ぜーんぶダメですからね!!」
それはつまり、走り屋御用達の車は全部ダメというユイからの規制であった。
「それと、レビンのエンジンは先生にお願いして、86乗りのお客さんに売っちゃいましたから」
「なんだと!!」
インプの購入がダメになった時の為に保険として残しておいた、奇跡的に無事だったレビンのエンジンを同じ4A-G搭載車種へ載せ換えるという最後の手段まであっさり見破られていた。
自慢のエンジンだっただけに、本気で落ち込むゲンドウ。
「で、その分のお金でシンジの車も探してあげたらどうです?いくら興味ないからと言っても、通学には車があった方がいいでしょ」
免許取得が中卒以上と変更されて以来、かつて「高校に入ったら携帯を買ってもらう」と言っていたのが、「高校に入ったら車を買ってもらう」に変わり、車の所有は当たり前になっていた。
「いや、興味ないという事はあるまい」
確信的な言い方のゲンドウに「何故?」と尋ねようとした時、家の前で重低音を轟かせる車が止まった事に気づいた。
「お客さんかしら?」
「SRエンジンをフルチューンにしている知り合いがいるのか?」
「いいえ、でもほら…ウチのガレージの前に……ってシンジじゃない」
窓から覗いてみると、一階のガレージの前に止まっている銀の180SXの助手席から降りてきたのは間違いなくシンジだった。
そして、運転席から降りてきた銀髪の少年を連れて家に上がる様子だ。
「ただいま」「お邪魔します」
「お帰りなさい」
玄関まで出迎えに行くユイ。残ったゲンドウは下に停まっている180SXを眺めていた。
「………なるほどな」
かけっぱなしのエンジンから聞こえてくる音で組み込まれたパーツとスペックを大体把握し、興味をそそられたのかゲンドウも立ち上がって玄関へと向かった。
「はじめまして、渚カヲルです」
「まあ、カッコイいわね。女の子にモテモテでしょ?」
「いや、学校にあんまり行かないもんで」
ゲンドウが玄関に着いた頃、カヲルとユイの自己紹介が行われていた。
「あらそうなの。で、2人ともなんでほっぺたに手形が出来てるの?痛そう」
並んで立つ2人の左頬は手のひらの跡の形で真っ赤に晴れていた。
「ちょっとした放送事故があってね……関係ないのに被害にあったんだよ」
「アスカも、特典で勝手に自分の映像が使われてるってだけでブツ事ないと思わないかい?しかも、僕たちも知らなかったのに」
あのあとパソコン室でシンジがケンスケから貰ったDVDの鑑賞会が行われ、シンジのレビンと死神のバトルを見たところまでは良かった。
全員がその迫力の映像をフィルムに映すプロ顔負けの撮影と編集技術に関心している時、綾波レイはメニュー画面のアイコンの中に特典の文字を見つけてしまった。
シンジは、もっとケンスケの事を人として疑うべきだった思う
画面に映し出されたのは、ある意味プロ顔負けの撮影技術を駆使して撮られたアスカの映像がだった。まるで売り出し中のアイドルが出すDVDのように編集され、授業中や体育着、水泳の水着姿まで撮られていてかなりの危険性を持っていた。
それを見てしまった代償がこのビンタならば撮影者のケンスケはどうなってしまうのだろうと、明日の新聞の一面が気になった。
因みにそのDVDは怒ったアスカがミキサーにかけてしまったので二度と見る事はない。
「ふ〜ん、なんだかよく分からないけど大変なのね。まっ、ゆっくりしていってね。さっ、あがって」
「あっ、いいんだ母さん。彼は車見に来ただけだから」
「あら?そうなの」
「好きにするがよい。ただし、エンジンはもう無いがな」
どことなく先ほどまでと雰囲気が違うゲンドウ。
「無いって事はもう何かに載せ換えてあるって事ですか?」
「その予定だった…」
そしてゲンドウはユイを見る。「仕方ないでしょ」と目で訴えるユイ。
「残念だな。でも車体の方はまだ有るんですよね?見せてもらっていいですか?」
「構わん。代わりに君の車も見せてもらっていいか?」
「いいですよ」
ニコッと微笑むカヲル。自分の愛車を見せて欲しいと言われるのは、車好きにとって一番嬉しい事なのだ。
そうしてゲンドウとカヲルは玄関を出てガレージへ向かう。後を追うようにシンジも出て行った。
「興味ない訳じゃない……か、あの人も一応子供の事見てるのね。でもシンジまであの人みたいになったらどうしょう…」
母親として喜んでいいのか心配した方がいいのか、複雑な心境のユイであった。
──
カヲルはガレージに置かれたレビンの姿を黙って眺めていた。
その姿を後ろから眺めているシンジ。
10分ほどそうした後、カヲルはシンジを見て口を開いた。
「いい車だ。この車は君のお父さんが作ったって言ってたよね」
「うん」
「じゃあ、お父さんに感謝しなきゃ。このロールバーとサイドバーがなければ君は死んでたかもよ」
ハズレ落ちた運転席側のドアから丸見えなサイドバーをコンコンと叩く。
「見てごらん、右のフロントタイヤ周辺とリアのトランク周辺は元の形が分からないくらいに潰れてしまっているのに、人の乗る所は原型を留めている。特にこの運転席側なんて最後に電柱当たって止まった所なのに若干曲がった程度だ。何よりも君が生きている」
ケンスケの撮ったバトルの映像は、100`を超えるスピードで突如コントロールを失ったレビンが、壁にぶち当たりながらスピンし、最後は電柱に真横から突っ込むというシーンで終わっていた。
「この街の走り屋が付けてるロールバーは見せかけのハッタリや、ボディー剛性を高める為の物ばかりだけど、コレは本当のロールケージだ」
「???」
「つまりカゴさ、僕も一応ロールバーは組んでるけど、あれはボディーを補強するための物。でもコレは補強だけじゃなく万が一から君を守る為の鉄のカゴ。乗り降りするのには邪魔かもしれないけど、コイツのおかげで君は助かった」
「ふ〜ん」
シンジはゲンドウの方を振り返る。息子の前だからか何時ものようにクールを装っているが、カヲルの車を眺める目は何時もレビンをイジっていた時の目だった。
ハッとシンジの目線に気づいたゲンドウは恥ずかしさ紛れにサングラスを指で上げて車の後ろに隠れた。
ゲンドウはレビンをイジる時に何を考え、そして今の姿に何を思うのか。いくら考えても自分でイジった事のないシンジにはまだ分からないことた。
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