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X7 〜ペケナナ〜
見知らぬ、天井


〜翌日〜



朝日がようやく姿をあらわした頃、シンジはゆっくりと重い瞼を開けた。


朦朧とした意識の中でぼやける視界に広がるのは初めて見る知らない天井。


頭には包帯を巻かれ、右腕には点滴を打たれている。


此処が病室であることはすぐに気づいたが、何故此処に居るのか?体の至る所から走る痛みはどこで貰ったのか?痛みで意識がはっきりしても、肝心な所の記憶が霞がかかった様にぼやけて思い出せない。


とりあえず体を起こす。


フとみると棚に置いてあった鏡に包帯が巻かれた自分の顔が写った。



「………」



辺りを見回しても特に何もない。部屋を出ようとも思ったがやる気が起きない。体に纏わりつく倦怠感。疲れた様に再びベッドに倒れ込む。



「………はぁ」



溜め息を一つ吐いて瞳を閉じた。何をしたってしょうがない。そのうち誰かがくるだろうからそれまで寝ておこう。それかシンジの出した答えだった








──
───
─────





〜碇家〜



ガレージのシャッターを開け、その前でタバコをくわえながら佇むゲンドウ。その横に昨日まで風邪で寝込んでいた母・ユイが姿を現した。



「あなた…」


「ユイか…もう大丈夫なのか?」


「シンジの事聞いたら………どうするの?」


「命に別状はない。後遺症もな。つくづく運だけはいい。コイツはこんなになってしまったのに…」



2人の目の前にあるのは絶望的な姿に変貌してしまったレビン。




ゲンドウは吸っていたタバコを地面に棄てると靴で踏んで火を消した。



「………とりあえず、この車はもう駄目だ。潰す(廃車)しかないだろう。長い間使ってきたが……ロールケージを組んでいて正確だったな」


「そうね…」



ゲンドウは少し寂しそうな顔をしてその場を離れようとするが、その腕をユイが掴んだ。



「どうしたユイ?」


「アナタ……コレ」



踏み潰したタバコを指差すユイ。



「………分かってるよ、ユイ」






────
───
──








次の日、シンジは朝一で病院を退院した。


頭の包帯は取れてないが、他にこれといった症状も無いため退院が許されたのだった。



そして、そのまま学校へ向かった。別に休んでも良かったのだが、家に居ると両親を心配させそうな気がして居られなかった。


包帯は目立つからしたくなかったが、傷が癒えて無いために仕方なく巻いたまま行った。





時間帯のズレた通学路に同じ制服を着た生徒は居ない。時間にして今は一限目くらいだろうか、着く頃には二限目か。



そんな事を考えながら歩いていると、ウエストゲートの抜ける音を響かせながらZ顔の180SXが後ろからシンジに並びかけた



「やぁ、こんにちは。碇シンジ君」



カヲルだった。さも当たり前の様にこの場に居るが、彼は授業にも出らず何をしてるのだろうか…


シンジは突然カヲル話しかけられた事に戸惑い顔を背けた。



「この間のバトルは特等席で観させてもらったよ。怪我は大した事なかったみたいだね」


「君は一体…」


「僕は渚カヲル。君の一クラスメートさ。どうだい?乗っていかないかい?」





──






静かに走ろうとしても喧しいエキゾースト音は室内にまで響く。だが、オーディオ類を全て取り去った車にしてみれば寧ろ当たり前で、レビンも似たようなモノだったのでシンジは大して気にしてなかった。



「まさか君があの車に乗ってたなんてね。正直驚いたよ」


「………」


「何度もあのGT-Rのバトルは見てきたけど、君が初めてだったよ…」


「………」


「12周。大した記録さ……どこであんなテクニックを覚えたんだい?歩道の段差使って片輪ジャンプしながら曲がる奴なんて初めて見たよ」


「………おぼえてないんだ」


「えっ?」


「覚えてないんだ。何も…」



ようやく口を開いたシンジの僅かな表情の変化でカヲルは何かを悟った。



「覚えてない……ね。まぁよくある事さ。その頭を見れば何となくそんな気はしてたけど、もしかしてキレると速いタイプかな?」


「………」


「ちょっと遠回りしようか」



学校を目前にしてカヲルは車をUターンさせる。戸惑うシンジ。



「どこへ?」


「いい所さ」



カヲルはニコッと微笑みながら運転を続ける。



「………」



複雑な顔をするシンジを乗せた銀色の180SXは太陽の日差しを眩く反射させながら市街地方面へと走り去って行った。









昼前で車が込み合う市街地を、やたらと目立つ180SXがゆっくりと流していた。



「この時間帯は車が多いな……このくらい混んでれば君のレビンでも勝てたかもしれないね」


こんなに混んでたらレースどころじゃない。というか迷惑。そんなことすら分からなくなり、レースの事しか考えてないカヲルは病気を通り越してジャンキー(中毒者)なのだとシンジは思った。



「アレ…見てごらん」



カヲルが車を止め、指差したのは次の左折の曲がり角にある歩行帯との段差。ブラックマークが着いている。



「さっき言ったアレの跡だよ」


「アレって?」


「段差ジャンプ。君が飛んだ跡さ」



「跡さ」と言われても記憶がないシンジ。それがどんな事なのか全く検討がつかない。



「僕が再現してあげよう」



カヲルがアクセルを踏み込むと、ケツを振りながら猛烈に加速する。



「ひぃぃぃっっ!?」



慣れない加速Gに驚いて釣り手にしがみつきながら悲鳴を上げる。それを見てやる気をなくした様にカヲルはアクセルを抜いた。



「な〜んてね。今の僕の車じゃエアロ割っちゃうよ」



そのまま普通に(?)ドリフトしながら曲がっていく。



「君はありとあらゆるコーナーで、ああいう段差に片輪を乗せては、片輪浮かせながら曲がってたんだよ………って、えっ!?今ので気絶しちゃったの?」



静かになったナビシートでシンジは安らかな寝顔で落ちていた。それで更に落胆したカヲル。



「これが本当に過去最高周回を記録した男なのか……正直ガッカリだよ」



本当は色々考えていたカヲルはそれ全て諦め、車を方向転換して学校へと向かう。



「まるで素人じゃないか。気絶までして。せっかく楽しい………ん?………そっか」



なにか良からぬ事を思いついた悪者キャラの様な笑みを浮かべる。



「覚えてないなら思い出させればいいのか!!それでも駄目なら仕込めばいい!?元々潜在的なテクニックは持ってるんだ、それを上手く引き出してやることができれば……」



カヲルの脳内劇場が物凄い速さで組み立てられ、『カヲルvsシンジ』の壮絶なバトルが繰り広げられる。



「クククッ………いいねぇ、やっぱり君は最高だ。最高だよレビンの少年。君ならきっと僕を楽しませてくれる。いや、楽しませてくれ」



ジャンキー恐るべし。いや、もうこれは変態の域に至っている。


シンジは知らぬ間にカヲルによって『碇シンジ育成計画』なるものを作られ、有無を言わせずにそのシナリオを実践させられそうになっている事をまだ知らない。



「これじゃ帰れないや…」



カヲルはニヤニヤしながらおもむろに携帯を取り出し、どこかに電話をかける。



「………もしもし、僕だけど……そう、分かったなら早く繋いでくれ!?」



かけるやいなや、表情が固くなる。声も少しイラついている。



「…あっ、もしもし?僕だけど、もう少しコッチに居る事にしたから。手続きよろしく。」



電話の向こうから叫び声が聞こえるがカヲルは無視して一方的に電話を切った。



「ったく、煩いんだよな。本当は他人の事なんてどうでもいいくせに…」










──
───
────






買い物が終わって帰ろうとしたら、来た道は工事がはじまって迂回させられた。

何時もは混雑している市街地は、歩道に居る人の数の割には空いている。


強化クラッチを組んだ車でノロノロと走ると、只でさえペダルが重いのに、それを何度も操作しなければいけないから左足が悲鳴をあげる。


それをせずに済む今日はツイているかもしれない。


そんな事を考えながら交差点で信号待ちをしていると、突然全身を猛烈な寒気が襲う。

────視線。そう視線だ。


どこかから突き刺さるような視線。体に纏わりつくような視線。絡みつく視線。獲物として狙われているような捕食者からの視線。


体全身の筋肉が硬直し、鼓動が跳ね上がり、血が沸騰したように急激に体温が上がっていく。



車の中から辺りを見渡す。この視線の主、自分を苦しめる視線の出所を──


しかし、居ない。気のせい、思い違いだと胸をなで下ろし、安堵の溜め息を吐いた瞬間。心臓を素手で掴まれるような感覚に襲われ、顔を上げた先には片目を閉じた死神を思わせるような禍々しい存在感を放った黒い影──いや、車が一台こちらをジッと見つめている。


狩り足りない死神の狂気。発散できず抑えきれないほど欲求。

その解消の獲物にされてしまった事を直感的に感じ取る。


何をしても殺される。それは最早絶対。唯一出来る事は逃げる事のみ。僅かな望みに賭けて死神の手からの脱出。生き残る為の逃避。それしかもう残されていなかった。

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