X7 〜ペケナナ〜
生贄
学校から歩いて20分。街の中心から少し離れた新しめの新興住宅地にシンジの家はある。
三階建てで、淡いベージュが基調の外壁に黒茶の屋根で少し目立っているが、一見したら普通の住宅となんら代わり映えしない。
その一階のほとんどのスペースは車が3台くらい収納できるガレージになっており、スナップオンから溶接器具、リフトまで完備していて、走り屋にとっては夢のような家だった。
シンジが「ただいま…」と自宅の玄関を開けても、何時ものような母『ユイ』の返事はない。
その代わりに父『ゲンドウ』の低い声が返ってきた。リビングでソファーに座り新聞を読んでいる。
「なんだ、父さん帰ってきてたんだ」
「ユイの具合がまた悪くなってな。今日は休んだ」
無愛想な顔に似合わない愛妻ぶりを見せる。
「母さんは?」
「部屋で寝ている。今日も夕飯はお前が作れ」
「わかったよ。材料は…」
冷蔵庫を開けると中は空っぽ。
「…ある訳ないか」
「買いに行く暇がなかった。車使わせてやるから買ってこい」
そう言ってキーと財布を投げる。
「…別に何でもいいよね。」
「あぁ」
「じゃあ、行ってきます」
シンジは鞄を玄関に置き、制服を着たままドアノブを捻ろうとした時、ゲンドウはフと思い付いたように顔を上げた。
「…シンジ」
「ん?」
「………気をつけろよ」
「…うん」
流すような返事でシンジは出て行った。
ゲンドウは新聞を机に放り投げた。何時もと違う違和感。予感みたいなものがゲンドウの頭をよぎっていた。
ガレージのシャッターを開くと、白のAE111レビンがいつでも飛び出して行けそうな低い姿勢で走り出すのを静かに待っていた。
ドアノブを引くと、驚くほど軽く開く。シンジは気づかないが左右のドアはFRP製に交換されていた。
車内をジャングルジムのようにロールバーが這い巡り、サイドバーを跨いでBRIDE製のフルバケットシートに座り込む。お尻がスッポリ入り、体が固定されて運転以外の動作が制限される。
「…乗りにくいんだよな、この車」
キーを捻るれば一発始動。日頃の整備がしっかりなされ、完調の4A-Gのアイドリングはレーシーな音を響かせる。
重たいクラッチペダルを操作してゆっくり車を発進させる。
ハンドルを切った時の感覚も独特で、パワステは付いたままになっているが、FF特有のハンドリングと、ゲンドウの好みでイニシャルトルクを高めに設定された機械式1wayLSDの「バキッバキッ」という音と共に現れる片輪を引きずるような感覚が、シンジは嫌いだった。
しかし、そんな不快な所だらけに思えるこのレビンも、足まわりは別。完全にストリート用に設定されたダンパーの減衰力は、スーパーに行くまでの道にある段差やわだちは全て吸収し、車体が跳ねたりフワついたりしない。
車をイジる事が好きな者ならば感動する所だが、シンジの心には響かない。
────
───
──
─
場所は変わって人の混み合う市街地。
走りゆく一般の車を、道路に置かれたバイロンの様にかわしていくオレンジのZ33と黒いR32GT-R
封鎖されていない市街地を、一周差をつけられるか、どちらかが走れなくなるまで周回するという過酷なレースは3周目に入っていた
Z33はNISMOのタイプ380RSようのNAのVQ35HR(3.8L改仕様用)をツインターボ化。出力にして約500馬力。その公道では持て余すようなパワーを路面に伝えるべく装着された極太のタイヤとそれを覆い隠すワイドボディー。そしてエッジの効いたカナードとリヤウィング
そんなまるでサーキットを走るタイムアタック仕様のようなZ33と見比べたらR32GT-Rが劣って見える。
その詳細は全て不明。だが500馬力のZ33相手に直線でも余裕で追いつき、張り付きすぎてアクセルを抜く度にマフラーから「ボオウゥッッ!?」とアフターファイヤーを上げている。GT-Rは1000馬力出ていると噂されていた。
直線では煽り、コーナーではあえて抜こうとしない。そのわざとらしさがZ33の集中力を掻き乱す。
「くそったれ!?抜くなら抜けよコノヤロウ!!」
横並びになった時に車内で怒鳴るが、濃いブラックスモークがかかったGT-Rの車内は見えず、せめてものお返しとばかりに、一度後ろに下がり軽いバンパープッシュ。
圧倒的余裕を見せるGT-Rと、それを逃げるZ33はアクセル全開でアスカ達の前を通り過ぎて行った
「はっや〜!!」
ガードレール越に、一瞬で小さくなっていくテールを目で追いかけながら叫んだ。
そして、レースは4周目に突入する
──
夕陽に焼けた空に少し早い満月が昇っていた。空があまりにも紅いもんだから、月も慌てて自分の色を空から吸い取った紅に染める。
しかし、月は慌てていたせいで少し色を吸い過ぎた。今にもその表面から滲み出てきそうな血の色をした紅。今にも滴となってこぼれ落ちそうだ。
だけど、意外な事に月はその色を気に入ったしい。更に紅みをを増して地を歩く者達に己を見せようと妖しく輝きを放つ
その月の下、二台の車が歩道橋の下を猛スピードで潜り抜けていく。
そこをスポットとしてギャラリーしていた連中は、車が通り過ぎていくたびにテンションが沸き立ち歓声を上げる。
「あと2周…もてばいいってとこかな」
そのギャラリーに混じって観戦していたのは渚カヲル。まるで、その走りを見極めたようにして呟いた。
「退屈だったな。今日のバトルも……さて、帰ろうかな」
沸き立ったギャラリーとは対照的に冷め切ってしまった様子のカヲルは人混みを掻き分けながら歩道橋の階段を降りる。
その時、たまたま耳に入った4A-Gのサウンドに思わず振り返った。すると、丁度歩道橋の下を潜り抜ける白いAE111レビンの姿が…
パッと見はノーマルちっくなライトチューンのレビンに見え、歩道橋に居た他のギャラリーには目にも入らない車だったが、よく見れば室内はロールケージが張り巡らされ、車の動きや吹け具合いからかなり手が入っている……と、カヲルは通り過ぎた瞬間に判断した。
「フッ………600馬力のZなんかより、今のレビンの方がよっぽど速そうに見えるな」
「おもしろいモノを見た」と笑みを浮かべながら自分の車へ向かう。
「死神よ……喰らうなら、そんな偽物のZじゃなくてレビンだろ」
誰にも聞こえない独り言を残して銀の180SXはゆっくりと動き出した。
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