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X7 〜ペケナナ〜
死神の噂



ミサトのせいで創立以来、史上最大の笑い声があがった騒々しい入学式から早一週間。一年生のほとんどが新しい生活に慣れ、クラスの雰囲気もだいぶ和んできた頃、1ーBの教室の前隅の方の席にはまだ馴染めていないのか、それとも馴染もうとしていないのか、どうも輪に入りきれてない生徒が一人。入学式の日に校門で立ち竦んでいた碇シンジだった。


別に気どったりクールぶっている訳ではなく、どこか怯えている様に見え、他の生徒たちも話しかけづらい様子。


が、それにも関わらず教室の他の男子の間ではこの学校のある噂で異様な盛り上がりを見せていた。



「ありえねぇって、今時R32で無敵なんてよ」

「いや、マジで凄いんだって。そうだ!?昨日、俺の先輩が『掲示板』に挑戦状を書き込んだからよ、今日ギャラリーしにいかねぇ?生で見れるかもよ」

「お前の先輩って何乗ってんの?」

「Z33なんだけど、ツインターボにして腰下までやってあって500馬力くらい出てるって言ってた」

「ひゅ〜500馬力。金持ちな先輩だなおい」

「Z33はもう古いだろ〜」

「いや、それを言ったらR32なんて化石だろ。デビューは89年だぜww」

「それよりも、それって何時からなんだよ?時間がわからないとギャラリーに行くにも行けないし」

「ねぇ、あんたたち何の話ししてるのよ?」



噂話しで持ちきりの男子の中に割って入ってきたのは、ドイツからの帰国子女、赤毛に蒼い瞳でクラス一の美少女『惣流・アスカ・ラングレー』



男子たちは緊張してしまう。


「えっとね、この学校にはさ、5、6年前くらいからある噂があって、南棟裏に落書きされてる壁に日付と時間と場所を書き込むと、その場所にめちゃくちゃ速い『黒いR32 GT-R』が現れるんだ」

「アールサンニイー……?何それ」

「25年以上前の国産スポーツカー。今時のGPSを利用したスピードリミッターが付いてない車だから、改造すると凄い速くなるんだよ」

「しかも、そいつは特別速くて、バトルした奴で勝った奴は一人もいないし、相手はいくら技術があっても必ず事故してしまう曰く付きだよ」

「何?それって車の話し?バッカじゃないの!?」

「いやいや、一回見れば絶対見たらハマるって!?」

「それに、ドライバーは女かもしれないって噂があるんだぜ」

「どういう事?」

「そのドライバーの顔を見たことある奴がいないから、最近じゃそっちの方が話題になってんのよ」

「ゴツい男だって言う奴もいれば、すっげー美人の女だって言う奴もいるんだよ」

「ミサト先生だって噂もあるんだぜww」

「げっ、でもありえる…」



ミサトの運転、それは危険の一言で、道を走れば泣く子も黙る大爆走。彼女に車線は関係なく、反対車線から路肩、歩道まで、アスファルトがひかれた道がそこにあれば限界までその最速ラインを攻めてしまうのが彼女なのだ。しかし、それでも一度も事故を起こした事がなく、絶対的強運の持ち主と言われている。


もちろん、これまで何度も警察はミサトを捕まえようとしているが、追跡するパトカーの自爆被害で経費がかさみ、予算的な問題で目を瞑っている。


「それで、そいつが現れる今日のバトルをみんなで見に行こうって話ししてたんだよ」

「へぇ、どこで?」

「それを今から確かめに行くんだよ。一緒に行く?話しじゃ、これまで散っていった挑戦者たちの書き込みが真っ赤なペンキで×付けられて凄い事になってるらしいよ」

「なんか面白そうね」



その後、なんだかんだでアスカは男子の誘いにのり、他に何人かの友達を誘って南棟にある落書きのもとへ。何故かその指揮をとっていたのはアスカになっていた。



「ねぇ、アンタたちも行かない?」


教室のドアをくぐる際、シンジと、その前の席で静かに本を読んでいた少女、『綾波レイ』に話しかけた。



「僕は…いいよ」


視線を逸らし、遠慮がちに返事をするシンジ。


「…あんたは?」

「………」


対してレイは、アスカの方へ視線を一瞬移し、無表情のまま再び本へと視線を落とす。その仕草がアスカの鼻についた。



「ちょっと!?何よその態度、せっかく誘ってあげてるのに…」

「誘ってくれなんて、頼んでいないわ」

「なんですってぇ!!」



今にも襲いかかろうとしたアスカを必死で抑える男子、廊下でもずっとレイに対しての文句を大声で叫びながらアスカは引きずられて行った。



「………」



普段あまり見ない光景にシンジは口をポカンと開けてただ見送っていた。そして、ふと我に帰ると、目の前の蒼髪の少女は何事も無かったかのように、静かに読書に耽っていた。その事が無性にシンジは気になってしょうがなかった。



「……あ、あのさ」

「………」


シンジは前の席のレイに話し掛ける。



「どうして、一緒に行かなかったの?」

「……あなたはどうして行かなかったの?」

「それは…」



その身を返すこともなく答えたレイの返事にシンジは何も言い返せなくなる。

統率されない集団での行動。その中で起こした些細な一瞬の行動は簡単にそれまでの友好的な関係を打ち崩し、枠の中から弾き出され、対照的な存在になり、まったく違う目で見られる。シンジはそれを、その先にある事を恐れた。

だからこそこの誘いも断った。初めから集団に入らなければその恐怖から逃れられる。そうすればもう怯える事もない。何も出来ず、ただ無力感だけを引きずるような惨めな日常も…


校門を出ると、後ろから待ちきれなかったかのように駐車場から轟音を響かせながら飛び出してくる様々な改造を施された車たち。


車を持たぬ者は単車なり、自転車なりに乗り、それすら持たぬ者は自分の足で走っていく。


何を焦っているのか。


何を慌てているのか。


みんな一目散に何処かへ向かう。その中には1ーBのクラスメート多数。もちろんアスカも含まれている。


そんな横を通り過ぎていく連中の盛り上がり。今にも湧きだちそうな沸騰寸前のテンション。しかし、その熱気に当てれていてもシンジの冷めた表情はピクリとも変わりはしない。それは、たまたま後ろを歩いていた綾波レイもまた同じ


車の世界は海に初めて入る体験と同じ。浅瀬で波に打たれ恐怖し水を怖がるか、一定の怖さを持ちながら足の着く所まで、そのうち泳げる所で遊ぶようになるのか、または、その好奇心から更にその向こう側へ、もっと沖へ、大海へ、そしてその深海へ誘われるように入り込んでいく。


今のシンジはクラスメートが浅瀬で遊んでいるのを、少し離れた砂浜で見ているだけ。シンジもいつかは入る事になるかもしれない。それはまだ先かもしれないし、今日かもしれない。




その群れが去るとシーンとした静寂が訪れる。さっきまでがやたらと煩かったせいで、たまに脇を通り過ぎるトラックの走音すら今は静かに聞こえる


校門を出て数分も歩くと、後ろに居た綾波レイの姿も消えていた。

綾波レイとは中学の頃から同じ学校だから、家が近い事も知っている。どういう性格なのかも。

もちろんながら、会話などしたこともない。話しのきっかけなんて無かったし、特に何も話すこともなかったからだ。


交差点に差し掛かる。信号は赤。何時もの様に少し俯きながら立ち止まる。

すると、変わった匂いと共に白い靄が足下から漂ってくる。そして、耳に後々も残りそうなスキール音。何事かと振り向く。居合わせた子供も大人も老人も。

そこには信号待ちで停車している変わった光り方をするシルバーの180SXの姿。リヤタイヤがモクモクの煙りで見えない。

ラインロックを装着しているのだろうが、使用方法を間違えている模範的な例だった。バーンナウトで出た白煙のせいで後ろの車は大迷惑。前は見えないし隙間から煙りが入り込んできて咽せてしまう。


しかし、その被害が一番大きいのは乗ってる本人。煙りで充満した車内は最悪な環境で、すぐに堪らなくなって車外へ飛び出した。


「ゴホッゴホッ!?……いや〜ちょっと調子に乗りすぎたな」


同じ学校の制服を着ているシンジを見つけると、ニコッと微笑んだ


「?」


普通なら完全に馬鹿である。何故普通じゃないか?それはやっている事が常識の範疇を超越した所にあるため、見ている者は呆気に取られ、その偉大さに何故か感服してしまっていた。


「やぁ、君、同じ学校の人でしょ?こんな所で何してるんだい?もうみんな行ってしまっているのに」

「え?」

「……?…もしかして、まだそういう事知らないのかな?なんなら連れってあげようか?特等席で見せてあげるよ」

「?………あっ、いや…今日はちょっと…母親が寝込んでて……買い物とか…」

「ふぅーん。親孝行なんだね」



一言しゃべる事に少しずつ近寄ってくるカヲル。後ずさりするシンジ



「……買い物に付き合ってあげよっか?どうせ結果は分かりきってるバトルだし。その後暇だから」



顔が近い。真っ赤な瞳の中に自分の顔が見える程に。



「いやっ…その…結構です!?」



シンジは信号が青に変わるやいなや猛ダッシュで逃げて行った


「くくくっ……面白い子だね」



タイヤスモークも風で流されていき、室内の煙りも殆ど排出されてようやく乗れ様になっていた。

後ろで被害を被った人たちは怒りを露わにしてクラクションを鳴らしまくる。



「はいはい、ごめんなさい」


カヲルはラインロックを解除してギヤをローに入れてアクセルを多めに踏み込んで、一気にクラッチを繋ぐと、再び白煙を上げながら猛然と加速していく。

またも一帯をタイヤスモークが覆う。一体何馬力あるのだろうか、一気にレブまで吹け上がるSRエンジンから絞り出されるパワーで、3速に入ってもリヤに履く265サイズのネオバは路面を掴みきれずにテールを小刻みに横にふらつかせる。



「またねぇ〜」



カヲルはシンジの横を通り過ぎる際、窓を開け顔を覗かせながら手を振りながら走り去って行った。



「………何なの?」



タイヤの焦げ付いた匂いと白煙と共にカヲルと180SXはシンジの中に強い印象を残して行った

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