X7 〜ペケナナ〜
RX−7 後編
少しだけこの街の死神と呼ばれる車について話そう。
全ては2007年に始まる。
R34 GT-Rの生産終了後、三世代目として生まれた日産GT-R。その存在は開発段階からの世界中に注目され、その期待を裏切る事なく高いパフォーマンスを持って世に出された。
ノーマルで300`出るエンジンのパワーを誰でも扱える為に緻密になった最新の電子制御。それを支える足まわりと受け止めるボディー。300を超えるスピードでも車内で会話出来る程煮詰められたエアロダイナミクス。
そのどれもが世界中に認められ、GT-Rをスポーツカーからスーパーカーへ格上げさせる。
皆がこぞってそのスーパーカーを欲しがり、更に自分で手を加えて限界まで速くしてやろうとしている中、そういった車に勝つ事だけを目的とし情熱を燃やした者たちも現れた。
その者たちは排ガス規制の変わった2002年までの車をベースにする事を不文律とし、様々なステージで多種多様なアプローチから打倒R35 GT-Rを掲げ闘った。
しかし、3年もするとほとんどのステージでR35の時代。開発の進んだGT-Rたちは挑戦者たちにそのテールを鼻歌混じりで見せつける。
そんな時、出来たばかりの第三新東京市において全線全勝を挙げる怪物が現れた。まるで時代の差を強引に埋めてしまう様な圧倒的パワーは推定1200馬力オーバーとも噂され、どのステージにおいてもR35がバックミラーにしか映らないと言われていた。
次第にその車は県外やサーキットに繰り出すようになり、完全無敵の存在として崇められ、同時に恐れられる。
――あの車の後ろを走ると必ずクラッシュする――
誰が言い始めたかは明らかではないが、その言葉が示すようにその車と走っていた車が事故を起こすケースが次第に増え、そして敵はいなくなり、5年前のバトルを境に挑む者も少なくなっていく。
そのレースにはギャラリーも居らず、雨の中の激しいレースであったと言われているが、その勝敗も、そのレースが本当にあったのかも定かでない。
そして、その日を境にGT-Rの左フロントライトは光を失い、死神と言う通り名を得た。
月日の流れがその存在を希薄にし、血の気の多い若い連中が己の犠牲も省みずに次々と挑むようになった今に至っても無敗でこの街の頂点に立ち続けている。
〜〜〜
小さい車からアルトにビートにカプチーノにハチロク、シビック。
少し大きくしてシルビア、インテグラ、セリカ、ランエボ、インプにセブン、S2000。
大型ならスカイライン、ツアラーV、スープラ。
などなど、20世紀の遺産達が未だに現役のポテンシャルを保ちながら並ぶ。
その車を覗き込んだり遠くから眺めたり、しゃがんだりして観察するシンジ。
その頃カヲルは
「シンジく〜ん、お宝を発見したよ♪」
と言いながら、どこからか見つけてきたフロントバンパーを2つ、両手に担いで近づいて来た。
「(180SXの)前期と中期のノーマルバンパーだよ」
「え?」
ノーマルなのにお宝という意味が分からないシンジは首を傾げる。
「車は再販されてるけど、全部最終型だから後期仕様しかないんだ。だから現存する前期と中期はプレミアが付く程レアなんだよ」
目の輝きとテンションが明らかに普段と違うカヲル。スイッチが入るとまるで別人のようだ。しかし、シンジの車探しの事はしっかりと覚えていたようで
「シンジくん、あっちに面白い車見つけたんだけど見てみない?」
「うん」
カヲルの見つけた車。それは並べられた列から少し離れた所に置かれていた。
「僕も実物は初めて見たんだけど…」
正面に立つとその車体の低さとコンパクトが更に際立つ。空気抵抗を低減させるために空力的有利なリトラクタブルヘッドライト。その先端は低く鋭い。
その流線型のシルエットはかつてロータリー・ロケットと呼ばれたのを形容している。
低いボンネットの下に軽量コンパクトなロータリー・エンジンを搭載し、国内はもとより海外でも多くのレースシーンで活躍した正真正銘のスポーツカー。
SA22C型の初代RX-7。誕生から30年以上経っているとは思えない立ち姿。むしろ現代の車を食ってかかると言わんばかりの異様な雰囲気を醸し出している。
「なんか………カッコいいね。なんて車なの?」
「サバンナRX-7」
「RX-7……か」
シンジは向き合うように正面から車全体を眺め、カヲルは車内を覗き込む。
「レカロにハンドルはMOMO。内装は残しながらしっかりロールバーは入ってるし、でもなんでこんなに車高が高いんだ?」
異様な車高の高さに疑問を持ち首を傾げるカヲル。
「まぁ、車高はなんとかなるから心配いらな…」
カヲルは今時個性的かつ意外性ある車としてシンジに勧めたつもりだったが、シンジの顔を見て考えが変わった。
シンジ自身は気づいてないかもしれないが、カヲルから見ればシンジはまさに目が釘付け状態。完全に魅入られているその視線。カヲルの言おうとしていた事はシンジにとって余計な世話。
車の知識云々に捕らわれず、自分の五感を刺激するマシンと静かに対峙するシンジがそこにいた。
邪魔になってはいけないとカヲルはシンジの後ろに回り込み、ゲンドウと冬月を呼びにいく。
「親子揃って最初の車がロータリーか」
後ろに立った冬月の第一声でシンジは我に帰る。
「あっ、えっと…」
「悪いが、コレはまだ売れるような物じゃないんだ」
と言いながら車に近寄りボンネットを開ける冬月。するとそこには本来あるべき物がなくポッカリと空間が出来ていた。
「エンジン載せ替え中だ。作業はまだしばらくかかる」
「そうですか…」
「気にする事はない。エンジンなど1日あれば載る」
「無茶言うな。俺ももう若くない、それに仕事は他にもある」
ゲンドウの要求な冬月は首を横に振り1ヶ月はかかると答える。特に急がなければならない訳ではないからシンジはそれでいいと返事をするが、何故かゲンドウがなかなか譲らない。
何か企んでいるなと思いながら父ゲンドウを眺めていると、カヲルが突然思い出したように呟いた。
「あっ…1ヶ月もかかったら間に合わない」
「何が?」
「何って合宿だよ」
「合宿?」
「……あぁそうか、君は事故の怪我で学校に出てなかったから説明会にいなかったんだね。一年生は交通マナーの教育と運転スキルの向上の為に合宿があるんだよ。で、移動も各自で行うから一人一台車が必要なのさ」
初耳だった。留年して一度聞いているからという理由で自主的に説明会に出席せず、車に乗って暇つぶしをしていたカヲルと偶然出くわしたあの日にそんな事があったとは全く知らず、シンジは慌てた。
「どうして教えてくれなかったんだよ」
「てっきり知っていると思って。その為の車選びかと思っていたよ」
シンジは肩を落とし頭を抱えた。
「……じゃあもう、その辺にある車で」
「駄目だよ」
間に合わせですぐ買える車を探しに行こうとするシンジをカヲルが腕を掴んで止めた。
「間に合わせで選んではいけない。君はあの車に惹かれたんだろ?ならこれくらいの事で諦めちゃ駄目だ」
力強く引っ張る手、シンジの瞳に真っ直ぐ突き刺さる視線。それにシンジが応えられないのはそこに現実味がないから。
「でも間に合わないんでしょ?」
「二人でやればきっと間に合う」
「はぁ?」
「自分でやればいいんだよ。もちろん僕も手伝う」
「何を」
「エンジンを載せるのさ。僕と君で」
突然の発言にシンジ戸惑う。
「いやっ、でも、その、全く初心者で分かんないし…えっと、そういうのも全然苦手っていうか」
「きっとなんとかなるよ。ね?」
「ねっ?…って」
「まぁ、任せてよ。やれる事はやっておこうよ」
「だから無理……だって言ってるのに」
カヲルはシンジの腕を放し、未だに皮肉りながら言い争っているゲンドウと冬月に自分の提案を持ちかける。
そしてすぐに同意を得て、組み上げる場所や部品の手配等の打ち合わせを始めた。
「カヲル君て結構人の話し聞かないんだな…」
一応自分の物になる予定の車の打ち合わせなので自分も参加しようとしたが、話についていけそうにもなく半歩手前で引き下がり、一人取り残されたまま呟くシンジ。
後ろに振り返ればエンジンルームが空っぽのRX−7。コレにエンジンを自分達で載せなければならない状況にありつつあることに酷く不安を覚えた。
シンジはエンジンの中でガソリンが爆発して動力を得ている事は知っているが、その原理や機能構造、また動力をどうやってタイヤに伝えているのかすらも知らない。不安で当然。
しかし、それすら吹き飛ばしてしまおうかというような楽しそうな顔で駆け寄ってくるカヲル。まるで自分の事のように。
「まず決定事項を言うよ。場所は君の家のガレージ。車体と部品は冬月さんが持ってきてくれて、足りないものはこの店に探しに来ればいい。しかも、載せ換えを自分達でやるぶん値引きしてくれるって。」
「あ…えと」
「大丈夫。心配いらないよ。必要なものは全部揃ってるみたいだし、君のお父さんも手伝うって言ってくれたよ」
中指でサングラスをクイッと上げ、口にはしないが計画通りとでも言いたげな表情でカヲルの後ろに立つ。
「はぁ……まぁいっか」
なにはともあれ、こうしてシンジの乗る車は決まった。
世界で唯一成功したマツダのロータリーを搭載する生粋のスポーツカーRX−7。その初代。
この車が鍵となりシンジをまだ見ぬ未知の領域へと導いて行く。
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