短編です。
BUMPの「K」を書いてみた。
俺は黒猫。
鍵尻尾の黒猫。
ずっと一人で生きてきた。
道を歩けば不吉だと石を投げられた。
夕陽が沈む大通り。
嫌なモノを見たと目を逸らす人間。
きっと俺はこのまま一人だ。
ピンと立てた耳と水平を保つ尻尾。
孤独だと。そう感じていた。
ふわりと浮いた前足。体。
振り返れば大荷物を抱えた人間。
あぁ、きっと傷付けられる。
だから暴れた。もう傷は痛いから。
癒えても痛いから。
だけどそいつは俺を抱きしめたんだ。
「今晩は素敵なおチビさん。僕等は良く似ているね」
戦慄する。暖かくて心地良くて、でも暴れた。
怖いから。
人間は怖いから。
あぁ、引っ掻いた。
必死な俺は腕から逃げ出した。
走って走ってただひたすら走って。
孤独に帰りたくて。
振り返ると必死に追いかけてくる変人。
こいつ。馬鹿か?
あぁ、きっと馬鹿だ。
「まって、くれ、ても良くないかな?」
けど走った。
でもついてくる。
何なんだ?何だよ。
どんどん開く距離。
でも走る変人。
俺の足は止まっていた。
「…はぁ。…ウチ。おいで」
目を開くとゆったり笑うそいつに抱えられた。
暖かくて暖かくて。
きっと俺は淋しかったんだ。
それから二回冬が過ぎた。
そいつは売れない絵描きで、俺は不吉な黒猫。
でもそいつはずっと俺を描いた。
大きなスケッチブックに描かれた俺。
真っ黒なスケッチブック。
売れるわけなくて、貧しいそいつは痩せていった。
でも俺には飯をくれた。
また俺を描きながらそいつは俺に名前をつけた。
名前はホーリーナイト。
馬鹿げてると思う。
でも笑ってHoly Nightと言った。
それから飽きもせずに毎日俺を描いた。
体は痩せて、そこに擦り寄るだけで分かる骨に俺は悲しくなった。
ついにその時がやってきて。
絵描きは倒れた。
何も出来ない俺は見てるだけ。
人間だったら何かしてやれた。
でも遅いのは分かってる。
絵描きが鉛筆を握る。
震える手で紙に何かを綴る。
俺は目の前が滲んで何も見えない。
顔を上げた彼は、力を振り絞り俺に腕を伸ばす。
握られた紙。
「走って。走って届けてくれ。夢を見て、飛び出した僕の帰りを待つ。恋人のとこへ」
俺がその紙を咥えると腕がストンと地面に落ちた。
もう目は開かない。俺は家を飛び出した。
走って走って。
いつか見た恋人の絵。
いつも話していた故郷の話し。
走って走って俺は駆け抜ける。
もう死んでしまった彼に代わって俺が届けなければ。
今までの事が頭を過った。
いつも膝に座って絵を描く彼を見ていた。
彼は俺を見て絵を描いた。
幸せだったと。
暖かかったと。
走った。走って雪道を走った。
山を越えて人間に石を投げられても。
子供は悪魔の使者だと笑った。何とでも呼ぶが良いさ。俺は"ホーリーナイト"聖なる夜と呼んでくれた。忌み嫌われた俺が生まれたワケがあるとするなら俺はこのために生まれたんだろう。どこまでも走るさ。
石は目に当たって右目は見えなくなった。
いろんな場所が痛くなったけどそれでも走った。
どれだけ時間が経っただろう。
山を越えて見た景色はあのスケッチブックに描かれたもので、俺はすぐに駆け降りる。
こけて体を打った。
もう立ち上がる力も少ししか無い。
だけど俺は。手紙を。
足に力を入れた時、体が衝撃で吹き飛んだ。
道行く人間は俺を見て不吉だと嫌な目をした。
蹴られた腹はギシギシといたんだけど、だけどあと少し。
きっと待ってる。
だから引き摺って。必死に走って。
やっと見つけた。ここだ。
前足が痛くて上手く歩けない。
だけど恋人に。
庭で花を植える髪の長い女の人。
俺と目が合って俺は駆け出す。
最後の力を振り絞って彼女の胸に飛び込んだ。
暖かくて心地良くて。
俺は眠りについたんだ。
彼女は手紙を読んでそっと閉じた。
やってきた黒猫。Holy Night。
もう開く事のない目を優しく撫でて穴を掘った。
彼女は黒猫の墓に「K」を付け足してHoly Knight。聖なる騎士と書いた。
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