さあ、こっからがクライマックスだ!
その頃、エマージの祈りが届いてかは分からないが、キッドとマディは管制室に続く通路をひた走っていた。無限に続きそうな廊下は広いが、人影はない。
(楽勝だな!)
キッドがそう確信した時。たった今通り過ぎた細い横路に影が見えた。ハッとした拍子に彼のスピードが落ちたのを感じ取り、背のマディはいち早く振り向き、そして叫んだ。
「走っテ! 追いかけてきてル、デモ軍人じゃないヨ!」
「機械兵士ってやつか!? 振り落とされんなよマディ、管制室まで突っ切るぞ!」
「分かっタ!」
ぐん、と掛かるGを感じて、マディの手は強くキッドの肩を掴み、帽子に腕を回ししがみつく。
走る、走る、走る。後ろからは重い足音が迫り、銃弾が頬を掠めていくのも一度や二度ではなかった。けれどキッドは、二人分の重みを率いて尚、風のように駆けた。
(俺は走れる! 荒野を駆ける馬みたいに・・・親父がそう言ったんだ!)
廊下の突き当たりを右へ。壁にぶつからなかったのが不思議な程のスピードでカーブを乗り切ると、すぐに管制室のドアが見えた。CONTROLと上部に彫り込んである。
片手を腰のホルスターに伸ばし、淀みなく引き抜いて、ドア横の壁にあるロックキーのコンソールに照準を合わせる。暗証番号など打ち込んでいる暇はない、というわけだ。
素早く二発、銃弾を叩き込む。パッと火花が散り、ドアが音もなくスライドして開いた。中にはギョッとした顔が一様にこちらを向いている。キッドはにぃっと唇を吊り上げ、彼らに銃を向ける。
「ジャンキーの到着だ! ここを開け渡してもらうぜ、覚悟しな!」
――ガシャンガシャンガシャン。重苦しい足音が通り過ぎたのを確認し、グランハルトは注意深く廊下に顔を覗かせ、カメラアイを右から左へ動かした。誰も居ない。機械兵たちはちょうど角へと姿を消したところだった。
「よし、行くぜ」
背後を見張るよう、背中合わせに立っていたヒナギクに声を掛ける。彼も短く頷くと、すぐにグランハルトの後に従い走り出した。音もなく、二人分の影が廊下を滑っていく。
どれ程隠れ、走ったろうか。進む程に警備は手薄になる。どうやら陽動組は上手くやっているらしい。グランハルトはその不気味な雰囲気にもかかわらず、にんまりと満足げに笑みを浮かべた。彼らはひとえに、グランハルトを最奥へ行かせんが為、その身を張って戦っているのだ。
と、そこでグランハルトの足が止まった。背に思い切りぶつかったヒナギクが、おいこらと不満たらたらの罵声を漏らす。しかし彼もまた、先の廊下に目を向けて瞠目した。
その一角だけ、累々と横たわる軍人が廊下を覆っている。
「何だこりゃ・・・」
「先に行った奴が居るな。きっとあいつだ、ジャスライトだ」
死体はまるで獣に襲われたような有様だった。その戦いぶりから特定される人物なんて、会いたくはない。本能から来る寒気を押し殺し、ヒナギクは問う。
「お前の仲間だな?」
「ああ。あいつらはあいつらで動いてるらしいな」
また駆け出した背中を追い、前だけを見て走った。気には入らないが、グランハルトが仲間だと言うなら信じよう。俺も大概甘いよな。そう考えると、こんな状況にも拘わらず笑みが零れた。不思議と悪い気持ちはしなかったのだ。
廊下を先へ先へ、更に進んだ突き当たりがエレベーターホールだった。たった一機だけひっそりと立てられたエレベーターは、唯一大総統の謁見室に繋がる移動手段である。
息せき切って角を曲がった二人は、しかしそこでぴたりと足を止めた。こちらに向かい刀を構えるロボットの姿があったからだ。刀より何より、グランハルトらを射抜く視線の方に切られそうである。
が、すぐに彼は刀を下ろし、視線と表情を和らげた。
「これは、お仲間か」
ほ、とグランハルトが息を吐く。よくよく見れば、相手はあの処刑台での乱闘の際、グラッジバルドと打ち合った男――ササムラだった。
その風体を見て、ヒナギクが「お前、あん時の」と指を指した。買い物に出掛けた時会ったエディゼーラのロボット。あの時もその秘めたる実力に驚いたが、今の構えで更に驚かされた。
そして、その後ろに居たのは、
「グランハルト!」
これまた広場で会った軍人ロボット。グランハルトの顔が、にっと笑った。無事で良かったと握手を求める彼、ジャスライトの手を握り返す。続いてヒナギクも。
「・・・ま、それは置いといてだな、エレベーターは?」
「それが・・・・・・」
明るかったジャスライトの表情が、さっと曇る。彼の説明に依れば、エレベーターがどうにもこうにも動かないらしい。成る程、とグランハルトは内心歯噛みした。
大総統へのアクセス手段はこのエレベーターしかない。となれば当然、最も厳重に遮断すべきはこの場所ということになる。このエレベーターさえ動かさなければ、大総統へはどんな賊も辿り着けないのだから。
ジャスライトの説明に、腕組みを解いたヒナギクが噛みつく。
「どういう事だよ! 俺達は骨折り損ってか!?」
「落ち着けヒナ、俺達が焦ったからって直るモンでもないんだからよ」
チッ、とヒナギクが壁を蹴る。確かにここまで来てこれでは、納得もいかないだろう。だがグランハルトには、一縷望みがあった。このエレベーターを、いや、軍部の中枢を管理しているのは・・・・・・。
「そうだジャスライト、お前情報課志望だったろ? 俺達がここに居るって、ジャックか何かして知らせられないか?」
彼の言葉に、ジャスライトが首を傾げる。
「そりゃ、基礎は習ったが・・・私にはそこまで高い演算処理は出来ないし、やったところでメインコンピューターにアクセス出来なければ意味がないぞ?」
しかし、グランハルトはにいっと笑って、ジャスライトを促した。成る程と言わんばかりに、ヒナギクも頷く。
ササムラとジャスライト二人は良く飲み込めていない表情だったが、グランハルトらには勝算がある。恐らく今頃、キッドとマディが既に管制室を乗っ取っているはずだった。
とにかくやってくれと言われ、ジャスライトは暫し考え、頷いた。
非常用コンソールのカバーを外し、壁に埋め込まれた接続器に自分の胸部から伸ばした端子を繋ぐ。その様子を見て、ヒナギクのみならずグランハルトまでもが、感嘆の声を漏らした。
「・・・ほんと、こいつが居てくれて良かったな。お前出来ないんだろ、これ」
「おう、全くな!」
「ったく・・・俺らだけだったらどうなってたんだか」
それこそ本当に骨折り損だったに違いない。この穏やかな当たりの軍人ロボットが例えあの廊下の惨劇の元凶であれ、仲間なのは確からしい。ヒナギクは一人こっそりと頷いた。
と、その時エレベーターが低い唸りを上げた。真っ暗だった階層表示ランプに光が点っている。
ゴウンゴウンと音を立てながら降りてくるエレベーターに背を向け、グランハルトは監視カメラへ、その向こうにいる仲間へと大きく手を振って礼を叫ぶ。
エレベーターの、重い鉄の扉が開く。上層へ昇るための、唯一の道。誰も見たことのない、このワールドの統括者を拝む為に。
グランハルトは、鉄の箱を背に面々を振り返った。
「さあ行こうぜ、こっからがクライマックスだ!」
To be continued...
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