グロッキーな闖入者
ゴトン・・・・・・。
鈍い音を立て、何かが部屋の床に転がった。これにはエマージもグランハルトも逆に意表を突かれ、数秒の間その倒れたモノを凝視することしか出来ずにいた。
しかしエマージの方がグランハルトより少し早く我に返り、さっとしゃがみ込むと倒れているロボット――そうと判断したからこそ行動に移れたのだ――をひっくり返した。
光を失い、暗く沈んだようなアイモニターが現われたのを見て、ミアがはっと息を呑む。
「これは機能維持用のマントだな。」
呟くように言いながら、エマージがそのマントの前を少し開け、中の身体を確認する。その眼差しが鋭く尖ったのに気付き、グランハルトが声を掛けた。
「どうだ?」
顔を少しだけ上げ、エマージは無機質な表情で首を振った。こういう場合、表情豊かに告げられるより、無表情の方が怖いな、とグランハルトが医者の顔を見ながら思っていると、横からミアが駆け出した。
エマージの傍らにしゃがみ込み、二人して何やら弄くっている。いつの間にかグランハルトの腕の処置は終わっていたようだ。
突然の訪問者が一体どんな状態なのか確かめたい気もしたが、邪魔出来ない雰囲気に押されてグランハルトは一言も喋れないまま椅子でじっと固まるしかなく。
と、唐突にエマージが立ち上がり、二言ほどミアに指示を出すとグランハルトの方を向いて言った。
「奥の部屋で手術をさせてもらう。」
「おいおい、奥って台所と物置だぜ!?」
医者の言葉にグランハルトは素頓狂な声を上げたが、エマージの方は特に意に介した様子もなく、先程までの慎重な手つきが嘘のような乱暴さで倒れたロボットを抱えると、ミアを従えて奥へと引っ込んでしまった。
「・・・・・・ほんとに手術する気なのかよ?」
途方に暮れた自分の声音を聞きながら、しかし彼らならやるのだろうな、と何処かで納得していたのだろう、グランハルトは踏ん切りをつけるかのようにくるりと奥のドアに背を向け、ついでに医者が閉めていかなかった表へのドアを閉めてから椅子にどっかと座り込んだ。
最近はあの二人の掃除指導のお陰で埃も立たない。
特にやることが見つからないので、仕方なくグランハルトはラジオのスイッチを入れた。つまみを左右に回しながら、次々切り替わる番組を聞き流す。
が、ぴたりとその手が止まった。ラジオからは、ニュースをアナウンサーが淡々と告げているのが聞こえている。グランハルトはちらりと奥のドアへ視線を送り、それから小さく溜息を吐いた。
もしかしたら、いや、もしかしなくとも、その内口煩い元同僚が来るのを予測しながら。
奥の部屋では、エマージとミアが黙々と準備を進めていた。小さなダイニングテーブルに患者を寝かせる為、エマージが乗っていた物をさっと薙払う。
一瞬で空中に放り出された小物たちは、重力に従い下へ落ちる。それらが床に当たり盛大な音が上がって、ミアがびくりと首を竦めた。隣りの部屋でもグランハルトが息を呑んだことだろう。
しかし、そんなことを今更この医者が気に掛けるはずも無い。
「さて、手術を始めよう。」
抑揚の無い声でエマージが宣言する。
「はいっ、先生!」
緊張した面持ちでミアが応える。かく、と小さく頷いて、エマージはカチャカチャと患者のマントを剥がし、中の身体を露わにした。
「・・・先生、どう処置しますか?」
「急場凌ぎしか出来んだろう。回路を繋ぎ直して蘇生させる。」
「分かりました!」
物が落ちた轟音がしてから、もうかなり経つ。始めの方は余り気にしないよう努めていたグランハルトも、さすがにちらちらと奥のドアへ視線を投げるようになっていた。
あの騒音以来聞こえた音といえば、何に使ったかは知らないが、医者の腕に装備されているチェーンソーの回る音だけだ。
その後、妙に静かなのも気に掛かる。一抹の不安が過ぎるのも無理は無いと言えよう。
いい加減やきもきするのは沢山だ、とグランハルト思った瞬間、表のドアが叩かれた。外に居るのが誰であれ、ひどく苛立っているのは間違い無さそうな叩き方だ。
しかし大体予想はついていた為にさして焦った風も無く、むしろ余裕を持ってグランハルトは客人を迎えるようにドアを開けた。
「よう、レオハルト。ジャンクポットに何の用だ?」
予想通り、ドアの向こうには不機嫌そうにフェイスを歪ませたレオハルトが、片手に銃を構えてこちらを睨み付けていた。
「随分物騒なもん出してくるなぁ。どうした?」
「工場から廃棄処分されるはずのロボットが脱走した。お前のことだ、匿っているんじゃないかと思ってな。」
退け、とレオハルトのアイモニターが煌めく。仕事熱心なこって、と苦笑いを浮かべながら、グランハルトは身体を少しずらして室内を示した。
「だあれも居ないぜ?」
「奥にも部屋があるだろう。そちらも見せてもらう。」
「なあレオハルト、奥は今ちょっと・・・・・・、」
言葉を濁したグランハルトを、レオハルトがきっと睨みつけた。その鋭い視線を真っ向から受け止めて、グランハルトは少しだけ低い声で、
「レオハルト・・・。お前、仕事が絡むと、人が変わるぜ。」
告げられた言葉に不意を突かれたのか、些かハッとした表情でレオハルトがたじろいだ。そんな彼を、グランハルトは視線を外さずにじっと見つめる。
セントラル軍の軍人はみんなそうだと、グランハルトは知っていた。アウトローであった自分以外、命令が絡むと人が変わったようになる。普段こそ温厚なレオハルトですら、だ。
「・・・・・・奥では何をしている・・・?」
先程より幾分か落ち着いた声音で、レオハルトが呟いた。
「野良ネコの治療だよ。医者が頑張って獣医の真似事やってんだ。」
ちら、とレオハルトが視線を寄越したが、グランハルトはいつものような明るい笑みを崩さない。
ここで振り向いて帰れば、とレオハルトは考える。ここで帰れば、そして何も無かったと報告すれば。
―――だが、それが出来ないことは自身が一番良く分かっていた。
「確かめさせてもらうぞ。」
つかつかと奥の部屋へ近付きながら、銃の引き金へ指を掛ける。脱走ロボットを見つけたら射殺しても良いことになっているのだ。
脳裏に、「聴いちまったら知らん振り出来ねえだろ、お前は。」という元同僚の言葉が響くのを打ち払って、ドアノブに手を掛ける。
To be continued...
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