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こんな天気の良い日に、さよならなど言えるか


 セントラル中央庁独房棟。昼なお暗く、狭い独房室は、投獄された者の精神を底の底へ突き落とすのも容易なほど、酷い場所だ。鋼の鉄格子、カードロック式の錠、冷たい床、軋む寝台。誰しも、ここを地獄と呼んで憚らない。

 そこへ、レオハルトとセントリックスが投げ込まれてから幾日も経った。単調な毎日に時間感覚を奪われる。規則正しく届けられる食事だけが、時をあやふやながらに教えてくれるだけ。

 そして、今日がその最後の日。ゆるゆると視覚機能を起動させた彼は、無機質な天井に向かって溜息を吐いた。

 「やあ、お目覚めみたいだねレオハルト。私も少し前に起きた所なんだが、今日は実に良い天気だよ! こんな日はどちらかと言うと、表のカフェでサンドイッチなんかをぱくつきたい気分なんだが、残念ながら今朝の食事も無味乾燥なスープと固形食料だ。本当に耐えられないよ! でも、君はそれでも、口に入れておいた方が良い。でないと、正午の前に栄養失調で死んでしまうよ」

 溜息に気づいて声を掛けてきたセントリックスが、そう宣う。相変わらず次から次へと繰り出されるマシンガントークに、レオハルトの口元に薄く笑みが上った。この軍医が自身の調子を失うことなどないように思える。

 「それは、やっぱり医者の忠告かい?」

 「勿論! それに、友人としての心配も含まれる」

 当然とばかりに付け加えてくる軍医は、きっといつものように笑みを湛えているのだろう。

 そう思い描くことが容易すぎて、レオハルトは小さく、「君が羨ましいよ」と囁いたが、その言葉が彼に届いたかどうかは分からなかった。



 無い食欲を無理矢理奮って、味気ない食事を片づけていると、廊下を歩く靴音が木霊し始めた。誰と考えるまでもない。こんな規則的な、迷いのない歩き方をするのは、知り得る中でも一人きりだ。

 カツン。どこまでも軍人一辺倒な靴音が止まる。顔を上げれば、いや上げなくとも、満足げな笑みが見られるはずだ。

 そう思って視線を動かしたレオハルトは、不思議そうにアイモニターを揺らがせた。目の前に立つグラッジバルドは、ニヤついた笑みを浮かべるでもなく、かといって軍人らしい無表情でもない、何処か曖昧な顔をしていたからだ。

 一瞬見間違いかと目を疑ったレオハルトだが、隣の軍医も驚いたように「どうしたって言うんだい?」と投げ掛けたから、自分一人がおかしいわけではないのだと分かった。

 とはいえ、何故彼がそんな表情をしているかについては、一切分からなかったが。

 「・・・グラッジ、」

 「処刑の時間が迫ってきた。貴様らを連行する」

 掛けられた心配そうな声音を斬り捨てるが如く、グラッジバルドは口を開く。その様子はまるでいつもの彼なので、違和感はにべもなく拭われてしまう。

 (失敗は、許されない。)

 不安定に揺れる青く澱んだアイモニターを揺らめかせ、グラッジバルドがそう心に繰り返すのを、囚人二人は何となく感じ取っていた。






 こうして処刑の準備が揃いつつある聖ブリジット・デイに合わせて、ジャンクポットの面々も急ピッチで準備を整えていた。アクアリアから違法船で舞い戻った彼らは、残された僅かな日数で、出来る限りの作戦を立てたのだ。

 「良いかお前ら」

 ジャキ、と金属音をさせて背へ銃を背負ったグランハルトが、重々しく言う。前へ揃うメンバーも、静かな面持ちの下に興奮を湛えながら、彼を見上げた。

 「これぁ一世一代の大喧嘩だ。なんてったって政府相手だからな。だがとにかく、行けるとこまで行くぞ。それぞれ決めた仕事をとことんやり尽くす、良いな?」

 問い掛けに、力強く頷く仲間たち。ニッ、と討ち入りにしては明る過ぎる笑顔で、グランハルトが笑った。

 「それじゃ、いっちょ行こうぜ、ジャンキー共!!」

 朗々と上がる閧の声。開戦を告げる時は今。いざ、大立ち回りを演じよう。






 正午の太陽が降り注ぐ、門前の中央広場に、二つの処刑台が設らえられている。

 銃を構えた軍人たちは緊張の面持ちで警備を固め、周りには中途半端な興味を抱いたセントラルの住民たちが群がっている。彼らにとっては、処刑すら一つの娯楽。軍が安全を守ってくれているという指標にしかならないのだ。

 その群衆の海を見渡し、ラグハルトは視線を上へ向けた。良く晴れた日だ。何とも処刑に向かない日だ。

 今日断罪する相手が自分の部下でないなら、こんな感傷もないだろうにな、と苦々しく思いつつ、ふと口元に指を流す。公開処刑中は煙草が吸えないのが、やたらと物悲しかった。

 そんな彼の傍らを、囚人を従えたグラッジバルドが通った。ちらりと視線を寄越した彼は、無表情に頷き、そのまま歩を進める。後に続く囚人も歩みは止めなかった。

 (天気が良過ぎて、困るな)

 くゆらす煙草が無いことを、本気で憎たらしく思った。



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あきゅろす。
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