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偏屈医者とドジっ子看護士
 レオハルトが話の輪から完全に離脱したのを見届けると、短く息をついてエマージはまたグランハルトへ向き直った。

 今度は身を傾け、組んだ指に口付けるように顔を寄せてぼそぼそと話し出す。

 「人を殺した。」

 簡潔明瞭に告げられた台詞に、グランハルトがぴっと口を真一文字に引き結んだ。

 それでも頷くことで先を促すのは忘れない。エマージも一旦は口を噤んだが、また同じ調子で続けた。

 「医学は完全ではない。未完成のプログラムと同じだ。故に、打ち払えぬ病気もあれば、拭えない副作用もある。だから私は・・・、」

 そこまで言ったエマージの言葉尻を、黙って俯いていたミアが突然さらった。

 「先生は悪くないの!患者さんたち、もう助からなかったの・・・。だから楽にしてあげましょって、先生は・・・先生は・・・っ!」

 大きな瞳にみるみる涙が溜まり、ミアはそれ以上続けられなくなってしまった。

 しゃくりあげる少女の背中を擦ってやりながら、エマージは妙に無機質な声音でグランハルトに言った。

 「そういうわけだ。安楽死は未だ非合法。患者を助けたとは認められない。大量殺人を犯した私は、狂っているというわけさ。
 元々馬が合わんと思われていたからな、良い機会とばかりに追い出された。もちろんメディアルドへの立ち入りはもはや出来ん。路頭に迷うとはこのことだ。

 そんな折、ある噂を聞いてな。はぐれ者を匿ってくれる場所があるとか、無いとか。」

 淡々と述べ、また後ろへ身を倒したエマージは、じっとグランハルトを見つめた。返事を待つつもりなのかもしれないが、その目には何の感情も伺えない。

 ふむ、と口をへの字に曲げたグランハルトだったが、ぱっとその顔を明るくさせると両手を大きく広げた。

 「良いぜ、引き受けよう!居場所がねえならここに居りゃあ良い。」

 昼飯のメニューを決めるのと同じ気軽さで発された言葉に、エマージもミアもぽかんと口を開ける。

 しかし当のグランハルトは、にかりと輝かんばかりの笑みを崩すことはなかった。

 「・・・本当か。」

 ようやく言葉を取り戻したエマージが言えたのはその一言のみ。そしてそれに対しても、先程の台詞を覆すことなく大きく頷くグランハルト。

 そうか、と呟いたエマージの肩が小刻みに揺れ始め、やがてくくっと笑いを漏らすや否や盛大に高笑いを始めた。

 「ハーッハハハハハハ!どうやら噂は本当だったらしいな。素性が明るみに出ない者だろうが面倒を見る物好きというのは!」

 「せ、先生、あんまり笑ったら失礼ですよう!」

 いつまでも笑いを止めないエマージにミアが慌てて制止をかけたが、グランハルトは大して気にしていないようだった。

 むしろ、不躾な医者の動向を楽しんでいるようにすら見える。子供のような表情をする割りには、案外中身は大人なのだろう。

 「さーて、その物好きに拾われたんだ。基本的にゃ好きにしてもらって構わねえが、手伝いが必要な時にら手ェ貸してもらうからな。」

 エマージとミアが頷いたのを見ると、グランハルトもまた大きく頷き、固く目を閉じたままのレオハルトへと歩み寄って肩を叩いた。

 「よう、相棒。相談は終わったぜ。」

 「・・・そうか、それは何よりだ。」

 不機嫌そうな口調でそれだけ言い、彼はこちらを伺っている客人へと視線を流した。かっかっと靴を鳴らして向かい合い、ぴしりと敬礼する。

 「どんな結果が出たのであれ、セントラルに止まるのであれば歓迎します。但し、問題を起こさないように気をつけて下さい。」

 「ああ、セントラル軍は厳しいと聞いている。善処しよう。」

 にやり、と口角を上げてみせたエマージに、やはり苦手だと目を逸らしたレオハルトは、もう一度グランハルトへ向き直ると、

 「良いか、問題だけは起こしてくれるなよ、グランハルト。これ以上は私だって目を瞑っていられないんだからな。」

 こくんとグランハルトが頷いたが、レオハルトはあまり信用した顔ではなかった。

 それでも一応は納得したらしく、小さく敬礼をし合うとドアへ向かい、振り向くことなく表へと消えていった。



 「本当にお堅い軍人だな。」

 去る背中を暫く見送っていたエマージがグランハルトに顔を向け、揶揄い気味な笑みを浮かべながら言う。

 「仕方ないさ、セントラルじゃあれが標準だ。俺たちがアウトローなのさ。」

 さして元同僚の堅物さに辟易した様子も見せず、欠伸を噛み殺しながらグランハルトはぶらぶらと部屋を歩き回りながら言った。

 どすどすと重い足音が響く度、もわもわと薄い埃が立ち上ぼっているのが薄汚れた明かり取りからの光で見える。

 「あの、ミア、お掃除しても良いですか?」

 ついに我慢が出来なくなったのかミアがおずおずと言い出した。ぽかんと口を開けたグランハルトに追い討ちを掛けるようにエマージも、

 「うむ、少々ここは汚れ過ぎだ。せっかく人数が増えたのだから多少は事務所らしくしても良いだろう。」

 二人分の視線をひしひし浴び、暫し交互にその顔を見ていたグランハルトも観念したらしい。がっくりと肩を落とすと、仕方ないと言いたげに首を縦に振った。




To be continued...

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