英雄の息子がやってくる
仲間たちが話に花を咲かせている間、ヒナギクは買い物に行くことにした。
セントラルには見所などほぼ無いに等しいが、生まれてこの方仕事以外で他国を見たことのなかったヒナギクにはここの生活環境自体が新鮮だったのだ。
やがて路地裏が終わりを告げる。眼前に広がる表通り。ここの人波と活気から何か薄っぺらいものを感じ、ヒナギクはいつも身震いする。住民が軍に疑問を抱かないからだろうか。
「あっ、て!」
気圧されるように一歩下がったヒナギクの身体が何かとぶつかる。と、頭上から声が降った。
「おっと!・・・御主、大丈夫か?」
え、とヒナギクは目を瞠った。幾ら警戒していなかったとはいえ、背後の気配に気がつかないほど平和ボケはしていないつもりなのに、この男の存在には全く気がつかなかった。
クセのある黒いファイバーヘアに、袂の広い衣装。
(こいつ、エディゼーラの奴だ。)
あのワールドの住民が国外に居ることは珍しいとヒナギクは良く知っていた。だから警戒も忘れて思わず男の顔を見つめてしまったのだ。何となく望郷の想いが兆してくる。
それを振り払うように首を振った彼の頭に、ふわりと手のひらが乗せられた。
「どうした、口をなくしてしまったか?」
「ば、バカにすんじゃねーや!ちゃんと喋れらあ!」
反射的に啖呵を切ってしまうヒナギクの態度に、男はきょとりとカメラアイを瞬かせ、からから笑う。
「はは、そうかそうか、それは悪かった。」
「悪かったと思うんなら頭撫でんなオッサン!俺ぁもうガキじゃねんだよ!」
「ん?まあ、そういう時もある。」
ぽんぽんと更に頭を撫で、満足げにその手を離すと男はするりと表通りの人込みの中へ融けていった。
残されたヒナギクはもう一度「ガキじゃねーっつの。」と吐き捨て、それから慌てて買い物に走る羽目になったのだった。
そんな仮初の平和から切り離されて君臨する軍本部。堅牢な建物の中で、一筋叫びが響いた。
「マグナムの件はやりすぎではないのですか!?」
直立不動の姿勢を保ったまま、キッと上司を見据えレオハルトが吠える。
彼の所属する第14隊隊長を含め、他部隊、他課の隊長格の面々は無表情にそちらへ視線を向けた後、憤怒に近い勢いで顔をしかめた。
「何を言い出すのだレオハルト。それをわざわざ、我々の会議を中断させてまで問いに来たのかね?」
ガタリと席を立つ上司たちに臆しそうになった足を、レオハルトは必死で叱咤する。
軍は自分の居場所。忠誠を誓う相手。そう信じてきたし、信じたかった。けれどあの日、グランハルトが辞表を出した日から、きっと軋んでいたのだ。
「エストランドの武力鎮圧、ストリートチルドレン掃討作戦、海賊討伐指令・・・。我々はやりすぎています。
治安を乱すものは排除すべきであることは理解していますが、こうも沢山の命を奪う権利などありはしないと思うのです。」
ああ、軋む。居場所が、音を立てて。レオハルトの心に、ふと友人の顔が過ぎった。震える膝を奮い立たせる勇気を貰って、また彼は前を向く。
並び立つ内の一人、レオハルトの部隊長であるラグハルトが、ゆらりと動いた。
「権利など関係ない。我々はその力を有している。力のある者が支配する。そういうシステムだ。」
淡々と告げるアイモニターの奥、表情のないカメラアイを見つめ込んで、レオハルトは一瞬酷い眩暈に襲われた。いつかのグランハルトの言葉
――「お前、仕事が絡むと、人が変わるぜ。」――
を思い出し、自分も隊長と同じように、こんな恐ろしい瞳をしていたのだろうかと恐怖したのだ。
だが、ここで引いてはならなかった。
「ならば・・・・・・この軍(システム)が間違っている!!」
咆哮めいた響きで叫んだ。崩れ去る、足場。落ちる重力を感じながら、かつての友人の面影に微笑う。
これで良いんだろう?お前は正しかったよ。私の居場所は・・・間違っていた。お前が教えてくれたんだ。ありがとう、グランハルト。
言うべきことは言った。もしもこれで彼らが目覚めてくれるなら良い。そんな願いが萌した瞬間、強く重い一撃を腹に食らってレオハルトの身体があっけなく吹き飛んだ。
鞠のように軽々と宙を切った身体は壁にぶつかり、鈍い音と共に床に伏す。咳き込む彼の視界に、足先が映った。
「軍法会議の決議を言い渡そう。」
迫る爪先。衝撃が襲い、目の前がブラックアウトする。
「お前の言動を軍部への反乱と見なし、更に過去の軍規違反も考慮した結果―――、」
薄れゆく意識の中、ラグハルトの冷たい声がした。
「貴様は斬首刑に処す。」
死刑宣告を受けた。それだけが分かった。
誰かが医者を呼ぶ声がし、やがて足早に近付く気配をうっすら感じて、レオハルトは微かにカメラアイに光を宿らせた。
「大丈夫かい?」
自らを抱え上げているのがセントリックスと分かると、彼は薄く微笑んだ。その唇が、音を生まずに小さく動く。
『逃げろと、伝えて。彼に、伝えて。』
じっとそれに見入った軍医がにこりと頷くのを確認し、レオハルトはかくりと首を垂れた。
「処置をしておけ。」
「一体何故こんな酷い傷を負うに到ったかの経緯を聞いても良いかな?私にはその義務があるんだが。」
「お前にそれを主張する権利はない。」
そうかい、と呟いたセントリックスは、じとりとラグハルトを睨みつけてから患者の身体を抱えて医務室へ急行した。その背に、忌々しそうな視線が突き刺さっていることを知りながら。
そして、夜。外出許可証の取得を待たずして抜け出したセントリックスは、脇目も振らずにジャンクポットへと向かった。今は一刻を争うやもしれない。彼は
強く扉を叩いた。
「どちらさん?」
ひょこりと顔を出したグランハルトがにかっと笑う。
「よお!こんな時間にコーヒーでも―――、」
「君の友人から言伝があるんだ。心して聞いてくれよ?」
いつもの笑顔のはずなのだが、グランハルトが少し固い表情で頷いた辺り私は上手く笑えてないらしい、とセントリックスは内心で眉をひそめた。
「・・・・・・君達は早くセントラルを出たまえ。ここは危険だから、と。」
嫌だと言われると思っていた軍医は一旦言葉を切り、続けて説得に掛かろうとした。しかしその前にグランハルトがぽんと肩を叩いた為に、それは敵わなかった。
「分かった。暫く旅行にでも出るさ。あいつに安心しろって・・・ああ、伝えなくてもいいな。これ以上、迷惑は掛けられねえや。」
力強く頷くのを見て、それ以上何も言わずにセントリックスは微笑んだ。お互い握手を交わし別れる。
去る背中を半分しか見送らずに室内を振り返ったグランハルトは、その扉を閉めようと手を引いた。
途端、ガリガリと音を立てたドア桟に、グランハルトを含め全員がハッと視線を集める。
「ここ、ジャンクポットだろ。」
桟に挟まっていたのは一挺のピストル。銃身を割り込ませているのは、テンガロンハットに金色のバッヂ、ベストを模したボディパーツ。特徴的なエストランド出身の造形に、グランハルトがぼそりと呟く。
「・・・お前、あいつの息子か。」
驚きを滲ませたグランハルトに、まっすぐ向かうガンマンの視線。
「ああ、そうだ。エストランドの英雄、マグナムの息子───キッド=マグナムだ。
あんたに助けを請いに来た。俺に力を貸してくれ。」
To be continued...
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