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近づく嵐の予感胸に抱き
 そこに居たのは、やはりいつも訪ねてくるレオハルトではなく、かつての同胞グラッジバルドだった。

 僅かに絞られたカメラアイの照準に、彼はニヤリと癇に触る笑みを浮かべてみせると、グランハルトの胸にずいっと何かを突きつけた。

 「なん―――、」

 だ、と続けようとしたグランハルトの口は止まり、カメラアイの照準が一気に絞られた。グラッジバルドの手の中にあったのは、削り取られた隊章。それも、良く見慣れたもの。

 「・・・お前、これ。」

 「お察しの通り、貴様の友人レオハルトの隊章だ。これが意味する所を知らんわけじゃないだろうな?」

 ニヤニヤと覗き込む視線を感じ、グランハルトはぐいと隊章から視線を剥がして笑った。飄々とした、感情の読めるようで読めない笑い顔。

 「知ってら、隊章剥奪は処刑ルートまっしぐらだ。あの真面目なレオハルトが一体何したってんだ?」

 馴々しく肩に伸びた手を力一杯はたき落とし、再びニヤリと嘲笑を浮かべたグラッジバルドは、まるで鼻歌でも歌うような調子で言う。

 「度重なる軍規違反による重罪判決だ。資料改竄、無断外出、情報漏洩も裏が取れた。―――全て貴様の為だとさ。」

 カチリ。グランハルトのカメラアイが瞬いた。その呆けた顔に、グラッジバルドの高笑いが被さる。愉快で仕方ないと言わんばかりの声音は、急にぐっと潜められ、

 「無駄な事をしたものだ。報われん想いの為に、身を滅ぼすなど愚かなもんだな。」

 暫し、痛い程の沈黙が流れる。その後、拳を握るでもなく、罵倒するでもなく、グランハルトはふうっと緩く息を吐いた。

 「・・・そうか、あいつ、俺のことまだ見捨てたわけじゃなかったんだな。」

 その言い様はまるで、迷子になった子供がようやく母親を見つけた時の安堵に似ていて、けしかけたグラッジバルドの方がむしろ眩暈のような感覚を覚えた。

 ばっと迫っていた身体を引き剥がし、去り際の敬礼も忘れて背を向け、駆けるようにしてその場を後にした彼を、グランハルトは何も言わずに見送る以外なく。


 「やあ、君!」

 と、ぼうっとしていた横から明るい声が響いて、思わずグランハルトの身体が跳ねた。

 びくりとした肩を宥めるように擦りながら路地裏を覗き込んだ彼は、途端大きく口を吊り上げて笑った。

 「よお、セントリックス!久し振りだなあ!」

 セントリックスと呼ばれたロボットは、白のすらりとしたボディをしているものの、左腕には不似合いな程大きなペンチのようなものを取り付けた、一風変わった風体をしている。

 彼はこれでもセントラルの軍医である。しかし仲間内にチェーンソーを装備した医者のいるグランハルトが、そんなことに頓着するわけもない。

 「本当に久し振りだねグランハルト、いやいや幾度か君の仲間には会っていたんだよ?
 ほら、エマージに頼まれている薬品なんかをちょっと失敬してきたりなんかした時は、カフェで優雅な一時を過ごしたくなったりするものだからさ。
 そんな折に偶然、本当に偶然彼が通りがかったりする奇跡がセントラルでは良く起こるんだ。」

 ペラペラと機銃掃射の如く回る口を前に、グランハルトはうんうんと相槌を打つだけにとどめ、言葉の終わりを待ってすっと身体を横へ寄せると上がっていくかと中を示す。けれどもセントリックスはふるりと首を振り、

 「いやいや遠慮しておくよ!最近外出に関して実に厳しくてね。何処かで長居なんてしようものなら―――やあエマージ!相変わらず不機嫌そうな顔だね!」

 またもマシンガントークが始まりかけたのを制すかの如く、客の目当てである医者が奥から姿を現した。

 仏頂面に何の感慨も浮かべないまま、つかつかとセントリックスに歩み寄り、ずいっと手を差し伸べてみせる。

 その傍若無人さに、客の顔は苦笑いでいっぱいになった。

 「ははは、君は相変わらずすぎる。私が旧友の為に、どれほど苦労してるか分かってない。」

 「感謝はしているさ。」

 受け取った薬瓶を掌で遊ばせながら、ニヤリとエマージが顔を歪める。軍部でなければ手に入らない貴重な薬品ほど、医者の仕事には不可欠なものだ。

 本当にしているんだか!と零し、セントリックスはゆるりと彼らに背を向けた。

 「茶は?」

 「残念だけど遠慮するよ。さっきも言った通り、監視の目が厳しくてね。
 ・・・ああそれと、もし振る舞ってくれるならコーヒーが良いよ。それじゃあね!」

 かつかつと足早に立ち去っていく背。その背に向かい、エマージが揶揄うように「カフェイン中毒者め。」と呟いた。

 その口元は僅かに優しげな微笑に染まっていて、見上げたグランハルトは少し肩を揺らしたのだった。

 「ところで、あの挑発はどうするんだ?」

 見送りを終え、バタンと閉めたドアに被るように発された言葉に対して、グランハルトはあっけらかんとした口調で、

 「ああ、あれ、ハッタリだ。」

 と言った。傍らのミアへと薬瓶を預けながら、エマージはちらりと視線だけ彼へ流す。そのアイモニターには驚きの色が見え隠れしていた。

 「何故そう思う?」

 「だってよ、もし本気で処刑されるんなら、セントリックスが言わねえはずねーだろ。」

 ヒナ!コーヒー!と叫ぶこのロボットの素行はフランクでジャンクなことこの上ないのに、時たま思うよりずっと賢いことに驚かされる。

 エマージは何処か満足げな溜息を零すと、

 「ヒナギク、私にもコーヒーだ。」

 「テメーら俺のこと飯炊きか何かだと思ってんじゃねーだろーな!ポットに淹れてやるから勝手に飲みやがれ!!」

 そう・・・この男でなければ、今ここに、このジャンクポットに、はぐれ者たちが居着くことはなかったのだろう。

 現に居着いた我が身を振り返り、カップに注いだコーヒーを傾けた。苦い味は、舌の上で少しだけびりりと暴れていった。



 と、ドンドン!と強く扉の叩かれる音。顔を見合わせた仲間たち、腰を上げたのは珍しくエマージだった。コーヒーを空にしていたから引き受けた面はあったが。尚も続くノックに答えもせず、おもむろに扉を開く。

 訪いを告げていたのはネイビーブルーの鮮やかなロボット。帽子の形状からするに恐らくはアクアリアの海賊だろう。

 「なにそれ!チョーカッコイー!!」

 途端、ロボットのアイモニターが輝いて、間髪入れず飛び付いてきた。ヒナギクが背後で「命知らずだ!」と呟いたのが聞こえたが、エマージ自身この行動は全く予想していなかったし、何より忍の意見と同感だった。

 酷く嫌そうにフェイスを歪めた彼は、グイッと小さな身体を引き剥がして家主を呼ぶ。

 すると、驚いたことに海賊は彼目指して駆け寄り、いかにも親しげに声を掛けた。

 「グランの兄貴!」

 「・・・お前・・・・・・ああ、バルゾフ親父んとこの坊主か!ひっさしぶりだなあ、元気してたか!!」

 ガルバートだよ!と口を尖らせる海賊を見て、ミアがくすりと笑った。

 何でも宿がないから泊めてくれという話だったので、勿論グランハルトが追い返すはずもなく、暫くの間ガルバートはジャンクポットに身を寄せることに決まったようだ。

 「とはいえウチもかなり定員オーバーだ。代わりに厄介になれそうなとこに心当たりがあるから、そこに行けよ?」

 「分かった!ありがとな、グランの兄貴はやっぱ頼りになるぜ!」

 やはりな、とエマージはその様子を見ながら口元を緩ませた。この男には人を寄せ付ける力がある。くつくつと肩を震わせながら、医者は賑わう面々のやり取りを眺めていた。

 やがて小さな嵐のような海賊は無事にグランハルトの知り合い、同じく路地裏の民となっている元隊長の元へ送られて、ジャンクポットに束の間の平穏が訪れた。



 ―――しかしその直後に軍部を賑わせたのは、エストランド一の反政府活動者(テロリスト)の逮捕報告。

 セントラルに刃向かう者には粛清を。今、じわりじわりとにじり寄る暗雲。少しずつ、力ある者の狂気が現れようとしていた・・・・・・。



To be continued...

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