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ようこそジャンキー!
 この世界には、様々な「ワールド」がある。

 例えば、未だ海賊の横行する海洋国家、明確な国家を持たず小国の集合体から成る国、医療技術の急発展により伸し上がった医療大国など・・・。

 これらのワールドは、全て「セントラル」と呼ばれる中央国家と繋がっている。

 立法・司法・行政に於いてどのワールドよりも優位に立つセントラルを治めるのは、君主でも大統領でもなく、軍部。最高権力を誇る、最大最強の軍隊だ。

 故に、人は謳う。

 セントラルは楽園だ。大犯罪も起こらない。セントラルに住むということが、一種のステータスにさえなる。

 これは、そんな「完全国家」の片隅でのお話。





 うら寂れた路地の奥まった所にドアがある。何の変哲もないただの錆びかけたドアだ。

 よくよく見ると、上方に乱暴な筆跡で「Junk pot」と書いてあるのが何とか読み取れた。

 Junk pot。つまりゴミ溜めと書き殴られたドアを開けるか否か――そこから始まる、彼らの物語がある。



 「いい加減、お遊びは止めないか、グランハルト!」

 錆び付いたドアの向こう、埃だらけの部屋の中で、二人のロボットが何やら言い争いをしている。

 片方は椅子にどっかりと座り込んでおり、そのせいで正確には分からないが、かなり体格が良い印象を受ける。

 一方のロボットはすらりとしており、目鼻立ちも座っている方より整っているようだ。

 どちらのロボットも同じ軍人タイプのボディをしているのに、体格や顔立ちのお陰かそれぞれのパーソナリティーを保っているように見える。

 その立っている方のロボットが、今度はバン!と眼前のデスクに掌を叩きつけ、先程と同じ台詞を吐いた。

 かなり大きな音だったはずだが、座った方のロボットは口を真一文字に引き結んだままで全く動じず、聞く耳持たないといった様子である。

 細身の方が溜息を漏らして、乗り出していた身体を後ろへ引いた。

 「グランハルト・・・。このままでは、上層部だって黙ってない。治安を乱すのは止めてくれ。」

 打って変わって懇願調子に発されたのは、彼が困り切った証拠であろう。ようやく結んだ口を開いて、グランハルトと呼ばれた方も言葉を返した。

 「遊びでやってるわけじゃないさ。治安を乱したいわけでもない。俺は俺なりに、人助けしてるつもりだぜ。セントラル軍にいた頃にゃ出来ないことをしてるだけだ。

 おいお前、気をつけろよ、レオハルト。あいつらに入れ込むとロクなことが無いぞ。」

 真顔で告げられた言葉に、レオハルトと呼ばれた細身のロボットはフェイスを歪ませ渋面をしてみせた。

 「軍を悪く言うのか?元々お前の属した場所なのに?」

 「今は、ここだよ。」

 にぃっ、と音がしそうなほど満面の笑みを浮かべて、グランハルトはドンドンとデスクを叩く。その衝撃で、もわりと綿埃が舞った。

 昔から変わらないかつての同僚の表情と仕草に、レオハルトの方はまたも溜息を漏らす。

 「とにかく、お前はもう少し考えた方が良い。大体、ジャンクポットなんて名前、趣味が悪過ぎる。」

 苦々しげにそう言い切るレオハルトに対し、グランハルトはアイモニターをきらりと揺らめかせ、太い両手を大きく広げて抗議してみせた。

 「バカ言え!俺は気に入ってるんだ、この名前が!俺みたいなはぐれ者を集めるんだ。ジャンクポット・・・ゴミ溜めってのは間違っちゃねえわけよ。それにさ、」

 子供のような笑顔で付け加えられた台詞に、レオハルトの口がぽかんと開いた。

 「ジャックポットみたいで縁起が良いだろ?」

 「・・・・・・もう勝手にしろ!」

 余りに楽天的過ぎる調子の元同僚には付き合い切れないとばかりに、レオハルトはつかつかとドアへ歩み寄り、ノブを掴んだ。

 しかし彼がそれを回すより先に、外側から飛び込むようにドアが開けられ、完全に不意を突かれたレオハルトは鉢合わせた人物に押し倒される形で尻餅をついてしまった。

 「きゃあああっ、ごめんなさあいっ!」

 甲高く、悲鳴に近い謝罪の声が上がる。

 ちょうどレオハルトの膝の上に座り込むような状態になった相手は、小さな女の子のロボットだった。

 指が隠れてしまいそうなほど大きな腕パーツの装飾品は、袖に見立てられて着けられたものであろうか。

 頭に戴いた十字マーク付の帽子の下方からは、二つに結ばれたファイバーヘアーがそれぞれ揺れている。

 ぶつかってしまったことに驚いているのだろう、大きな目は光をいっぱいに映して、まるで潤んでいるようだ。

 突然のことに絶句して動けないレオハルトの前に、ぬうっともう一人の来客が姿を現わした。

 こちらのロボットは図体のでかい、目線の妙に鋭い男だ。

 額には医者が着けているような反射鏡が、やはり鋭い光を投げつけている。右腕のチェーンソーが妙にしっくりきているのが禍々しい。

 「すまないな、ミアが粗相をしたようだ。」

 「先生、ごめんなさぁい・・・。」

 少々舌足らずな発音の少女を慰めるかのように頭へ手を乗せ、医者風のロボットがやや不遜な態度でそう謝辞を述べた。

 医者風なのではなく、事実、医者と看護士なのだろう。

 ここへ来てレオハルトはようやく茫然自失状態から立ち直り、身を起こすと客人らへ敬礼した。

 「こちらこそ、不覚にも受け止め切れずにすまなかった。気にしないでいただきたい。」

 そのやり取りを傍から見ていたグランハルトが、ちょうどその時に大声で笑い出した。ぎょっとしてそちらへ顔を向けた三人へ悪い悪いと手を振り、

 「いやあ、あんまり堅苦しい行儀なもんで、ついなあ!俺はそういうの好みじゃねーから。
 俺はグランハルト、元軍人だ。今はジャンクポットのリーダー張ってる。グランで良いぜ。」

 削り取られた胸章をとんとんと拳で叩き、現軍人で無いことを示しながら、自身より巨躯の相手に全く臆した様子を見せずに手短な自己紹介を済ませたグランハルトは、大きな掌を相手へ差し出した。

 その手と胸章へチラリと視線を遣った後、医者ロボットがニヤリと口角を上げて握手に応じた。

 「私はドク・エマージ。メディアルド国より亡命した。こちらは助手のミアだ。宜しく、グラン。」

 「ミアです、よろしくお願いしまぁす!」

 慌てて頭を下げたミアへにかりと笑みを見せるグランハルトの傍でそのやり取りを眺めていたレオハルトは、ドク・エマージの妙にニヤついた顔に若干不快感を覚えて眉間に皺を寄せていた。

 流れ者だという偏見のせいだと思おうとしてみたが、やはり底意地の悪そうな笑みが瞼の裏にちらつく。

 しかも振り払おうと目線をエマージから外す刹那、彼が自分の方をちらっと見たことと、その際にくいっと吊り上がった口元を見てしまい、ぞくりと背筋に寒気が走った。

 自分がグランハルトならば、とても握手など交わせない。自身が神経質すぎるのか、グランハルトが鈍感すぎるのかどちらだろう、とレオハルトは心の片隅でちらりと考えた。

 奇異なものを見るような面持ちのレオハルトをよそに、グランハルトはさっさと己の仕事を始めることにしたらしく、埃塗れのパイプ椅子からおざなりに埃をはたき落とすと、それらを二人へ勧めた。

 「まあ座れ、立ち話もなんだからな。さっき亡命っつったが、メディアルドは有名な医療大国だろ?
 何やらかした?ここに飛び込んだのにゃ訳があんだろ?」

 客とは反対の、今まで自分が腰掛けていた椅子へどっかと腰を降ろし、グランハルトが身を乗り出して一気に訊く。

 座った拍子にぶわりと埃が舞い上がったのを見てミアが困り顔をしたのは目に入っていないらしい。

 「私のやり方は、あの国では少々合わなかったらしくてな。音楽性の相違ならぬ、信念の相違というわけだ。」

 グランハルトとは対照的にゆったりと背もたれへ身を預けたまま述べたエマージは、そこまで言うとちらっと傍らに立つレオハルトへ目線を向けた。

 その有する意味を嗅ぎ取り、グランハルトはレオハルトに耳を塞ぐジェスチャーをしてみせる。

 音がしそうなほど眉間にしわを寄せたレオハルトは、それでも音声収集機能をシャットアウトし、手持ち無沙汰にむき出しのコンクリート壁に寄り掛かり、視覚機能をも切ってしまった。

 このやり取りはたまにあることで、こんな胡散臭い場所を訪ねてくる客は概ね胡散臭いものなのだ。

 軍人であるレオハルトが聴いては、立場上マズい話も飛び出してくる。

 「聴いちまったら知らん振り出来ねえだろ、お前は。」とはグランハルトの言だが、正にその通りなので大人しく聴かないことにしている。

 ついでに見るのもためらわれるので目も瞑っておくのだ。

 我ながらお人好しなものだな、などと思いながら、レオハルトはじっと終わりが告げられるのを待った。

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