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story.
見送り
小さいころ母親が死んで
去年父親が後を追うように逝って

そうしてあたしは、見送ってばかりの人生を
今まで16年間も耐えてきた。

**

放課後の教室。
誰も居ない室内。
窓から差し込む憎たらしい夕焼け。

そして、赤く染まった腕と机。

これがあたしの日常。

「失礼しまーす」

あたしの日常を壊す声。
これが初めてじゃない、耳に纏わりつく誰かの声。

「あーぁ…またやってんのか。ちょい見せてみ?」

あたしの汚い左手に、惜しみなく優しさをくれる厭な誰か。

「ねぇ、あたしあんたの名前知らない」
「んー?俺はねー…樹(いつき)」

いつき…

「なんで放課後になると此処に来るの?」
「んぁー?なんで?なんでってお前が此処に居るからだよ」

態々あやしの世界を壊しに。
普遍の闇が広がる、この安全なあたしの居場所を壊しに。

「酷い奴なんだ」
「えぇ?なんでー。俺酷い奴になった覚えねぇんだけど」

「あたしにあんたみたいな奴の生温い優しさとかは要らない」
「あんたじゃねぇべ?樹だって」

あたしの言葉は意味を成さなくなって、いつもこの男のペースに嵌められて。
それがとてつもなく

居心地が良くて
不安定で怖ろしい。

「なぁ、すっげー馬鹿らしいこと聞いてもいい?」
「厭、聞かないで」
「なんで腕切るの?」

人の話なんか聞きもしない。
堪らなく腹立たしい筈なのに、どうしても、無視できないあたし。

「あたしが超人なんてことは言わないけど、あんたみたいな超一般人にあたしの言葉がちゃんと理解されるのか不安で仕方ないわ」

そんなこと云って
逃げているだけなんだと、あたしが一番わかってる。
わかってるの。

「理解できなかったら理解出来る努力をすりゃぁいい」

……この

この男は何故こんなにも、あたしの中身を抉るのですか。

「小さいころ、母が死んだわ。

それを追うように、去年父が死んだわ。

あたしは見送ってばかりで、
取り残されて
取り残されて

結局のうのうと、惨めに生きている」

それが堪らなく憎かった。

どうしてあたしじゃなかったの?

ねぇ神様、お母さんの代わりに。

お父さんの代わりにあたしをどうか連れてって。

「お前が身代わりになるなんて、できねぇよ」

五月蠅いわ。

「そんなこと」

あたしが一番わかってる。

だから憎くて堪らない。
こんな行為で何か大切な物を紛らわして

一歩も前に進もうとしない

自分自身が。

「なぁ、俺はさ。お前を慰める言葉とか、救える言葉なんてのは一つも持っていないから」

そんなもの要らないの。

そんな

「お前が死にたくなったら、俺も一緒に死んでやる」

そんな、

「そんな言葉、どうして云って仕舞うのよ」

そう云って

あたしは親が死んだときにも流さなかった

透明な雫を流したの。


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あきゅろす。
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