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story.
夏の匂い
燦燦と降り注ぐ光に
俺は負けそうだった。

餓えながら叫ぶほど

向日葵の様に強くなかった。

*******

「夏の匂いってわかる?」

病室のベットで、薄ら白い顔をした女が、俺に話し掛けた。

「夏のにおい?わかんねぇな」

俺はふわりと微笑んで、その女の言ったことを全部否定してやったんだ。
目の前の女が、やけに目に焼き付いて煩かったから。

「夏が来る前に、あんた死ぬんじゃない?」

残酷な言葉が、俺の口から紡がれた。
俺自身が驚きだった。

何に驚いたかって、
目の前の女が気になって
わざわざこんな酷いこと吐いたことにさ。

「酷いなぁ、君。名前も知らない相手にそんなこと普通言う?」

女は楽しそうに笑った。

どうしてか、その笑顔が勘に障った。

「だってさ、あんた顔色滅茶苦茶悪いし」
「あんたじゃなくて、陽子」

陽子。

似合いすぎていて、俺は嫌気が射した。

「俺は――。」

女はふふっと笑って、立ち尽くす俺の手を握った。
細くて、白くて、今にも崩れて仕舞いそうだと、

どこか遠くで自分が見守っていた。

「――。太陽に、お願いしたことある?」
「お願い?」

そう、お願い。

女は語った。穏やかな、夏の日差しを遮る木陰のような、

そんな居心地の良さで、

女は俺に語りかけた。

「生きたいですって、向日葵みたいに辺り構わず叫べたらさ」
「馬鹿みてぇだな」

「そうね」

そう、女は笑った。
俺は窓を開けて、外の空気を大きく吸い込んだ。

「夏の匂い……」
「来年も、再来年も、次の年もその次の年も」

振り向くと、女は笑っていた。

苦しそうに、

微笑んでいた。

「君はこの夏の匂いを合図に、夏を迎えて、花火をして、初恋の相手を思い出して」

俺は気が付くと

女の目を、自分の掌で目隠ししていた。

「私にはもう次がないよ」

掌に沁み込んだ、涙が
俺の目から
何かの拍子に流れた。

君を生かす水。

これが、そんな万能の物であったなら。

「何年も何年もしたら、夏の出来事として片付けられて」

細い肩だった。
細い髪だった。

細い声だった。
細い命だった。

細い。
向日葵のように
太く根をはって、

「私は思い出になってしまう」

燦燦と降り注ぐ光に
俺は負けそうだった。

餓えながら叫ぶほど

向日葵の様に強くなかった。


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あきゅろす。
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