12
「…ま、こいつがそうとするならそれもまた良し、この件はこれでしめーだ」
沈黙が金と悟り、彼女は不安を重ねた表情でただ事の成り行きを見守る他なかった。
緋耀もこれが幕引きと見定めたのだろう、ぱんと柏手を打ちさんざめく場を納める。
「もう良いなお前ら、ごちゃごちゃ面倒くせーのは嫌いなんだよ。おら解散!」
「は、はあ」
「…焔爾、来い」
「あ?」
「お前はこっちな」
「頭…」
虫を払う仕草で老幹部らを追い払った後、緋耀は六花だけを呼び止めちょいちょいと手招いた。
傍らで焔爾は兄姉に呼ばれているようで、六花は実質緋耀とサシで相対する形になる。
「か、頭…私これで良いのでしょうか…せめて何か」
「あー…いんじゃね?倅がそうするってんだし」
軽い。なんと言うか…何と言えば良いのだろう、軽いにも程があるのではないか。
「まあそれよりよ、覡は強かったんだろ?どんな術を使う?どんな奴だった?」
「ええと…」
わくわくした子供みたいな表情にかつて、この城主の下に仕えていた頃の懐かしさを思い出す。彼に拾われた折もやはりこんな調子で、甲虫を捕まえたような好奇心と無邪気に輝く笑顔をしていた。
この方は恐ろしい、しかし憎めない。不思議と着いて行ってしまう…彼女にとって緋耀はそんな男だ。
いつか焔爾が自分を放り出す日が来たら、叶うならまた緋耀の下に戻れれば良いと思う。
神縁なくした自分など緋耀は端にも先にも留めないだろうけども。
「ふぅん…向こうにゃまだ生まれ損ないが残ってんのか。流石鬼の血はしぶといなーおい」
けたけた笑い飛ばして緋耀は至極愉しそうだが、しかしぽつりと鬼の血を引き出す術か、と低く呟いた。
「なぁ六花よ」
「っ…はい」
久方ぶりに彼に名前を呼ばれ慮外に瞬く。まさか緋耀が自分ごときの名を記憶に留めていたとは、思いも寄らなかった。
「不甲斐ない倅はあの通り虫の息だ、しばらく寝かせとこうと思うがあいつはおとなしく寝てられる奴じゃねーから…お前面倒見ろ、な」
「は、はい」
「何なら寝首でもかいて下剋上狙うか?それはそれで面白そうだ」
「いやいやいやいや、頭、それは私死にます…死にます!」
「はっは!そうだろうな!」
極自然に反旗を促され顔色をなくした六花の頭をがしがしと掻き混ぜ、緋耀はやはり高らかに笑った。
「…話す事なんざ一つもないが?」
「ただの確認だ、何も粗探ししようと言うんじゃない」
「ほぅら拗ねていないで聞かせて頂戴」
せいかん
長刀を携えた精悍な面立ちの長兄と、扇片手に妖艶に微笑する長姉に挟まれ、焔爾は仏頂面で息を吐く。堅物の長兄はともかく、この人も鬼も取って食うような雰囲気の長姉は正直苦手だ。
姉といい妹といいもう少し扱い易い性分であれば可愛い気もあるだろうに、何故こうも自分の身内は揃いも揃って曲者ばかりで面倒臭いのだろう。
親が親なら子も子だなと、他人事のように思いながら焔爾は気怠そうに視線を流す。
「…何をだ」
「関の護りは如何なる物であったか、術の構成、術具、術者の資質…幾らでも聞きたい事はある」
「ああ…そりゃ無駄だ」
けげん
何?と怪訝に細まる深緋の双眸に一笑を返し、焔爾は尊大に腰に手を当て、肩を竦めた。
「四つの内三つは端から野晒しで、古の術式がそのままおざなりに成されているだけだったんだからな。人間は既に関に纏わる知識をほぼ喪失している、そう見て良い」
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