NARUTO 三 注射の練習に付き合うようになって、ナルトの腕は赤紫いろになり、内出血をしていた。 触れなければ痛みは感じないものの、黒森の事を考えて腕まくりをしないよう心掛けた。 ナルトは祖父に呼ばれて院長室に向かうと、がばり、と抱きしめられて、嫌な予感が的中する事となる。 『あのさ、ばーちゃんに殴られるぞ・・・?』 「嫉妬か?嫉妬とはあ奴も可愛いのう・・・」 いや、ちがうから。絶対に違うから。 『今度はなに?』 「もう夏だからのう、看護師達の制服を涼しくしてやろうかと思って・・・」 『やめろ馬鹿じーちゃん!』 ごん。頭を叩くと自来也はナルトを睨みつける。 「なにを言うか!夏だからこそ少しスケスケの服にしてやろうとおもうてだな!!」 『滅茶苦茶下心ありありだろーが!!』 「まてナルトッ!」 そんなくだらない事で呼びだすな!ドアを開くとナルトは腕を引かれて胸元に留まった。 ぱたり、と閉まったドア。ナルトは溜息を零す。 『・・・なんだかなあ』 こんなんで浮気をしないのだからたいしたものだ。 ********** げっそりとした顔で戻ると、ナルトは机に突っ伏した。 「今度はなに言われたのー?」 『いえ・・・なんかもう、疲れた、としか言いようがないです。』 そのとき、黒森がナルトの背中をただ見つめていた事に気付かなかった。 気を取り直してナルトは検査結果を見たり、カルテを書いていく作業を始めると、隣に奈良が座った。 『お疲れ様です』 「はいよ。」 二人は黙々と作業を続け、時にはレントゲンをみて話し合ったり、カルテを見せながら肩をくっつかせながら話した。 今日注射の練習をするのだろうか。 ナルトは痛む腕を無意識に抑えて考える。 「奈良先生、すみませんこれ見て下さい」 「・・・あ?」 面倒さそうな顔を浮かべるが直ぐに元に戻り、看護師の元へと向かった。 『・・・・・・。』 それを流し見て、ナルトは遮断するように瞼を閉じる。 (本当に、俺って案外ダメな所があったんだな・・・。) 「奈良先生!」 自分の部屋に戻ろうとした奈良を黒森が呼び止める。 「・・・なんだ」 「あの、無理は承知でお願いがあるんです、注射の練習をさせてください!」 「渦巻がいるだろ」 素っ気なく返すと、黒森は眉を下げて申し訳なさそうに言葉を告げる。 「自分が下手だから・・・渦巻先生の腕が内出血してしまって・・・」 「なら、ほかの看護師に言え、その事はいってあるからな。」 もういいか、と聞くと黒森は首を振った。 「奈良先生に教えていただきたいんです。」 「俺はそれをしない主義なんだ。」 「渦巻先生にはしたのにですか?」 あいつ何言いやがった。 奈良は眉間に軽い皺が寄ってしまい、自然と目許がほそまってしまう。 「俺はただ見てただけだ。」 「それに、渦巻先生は・・・院長と・・・」 「院長・・・?」 きょう呼ばれてたな。 黒森は言いにくそうに俯いているだけで、表情が見えない。 「その・・・渦巻先生は院長と、親しい関係、なんじゃないかと・・・それを知ってるから他の人達は・・・っ」 「――は?」 奈良の纏う空気も、言葉も一気に変わってしまい、黒森は身体をびくつかせる。 「あいつが院長と親しいから、なんだって?」 「あの、その・・・っだっ、抱き合って、たんです・・・」 だから。無機質な声が却って怖さを目立たせる。 「それで親しい、ね。」 すうっ、と奈良の瞳に燈った光り。 「まあ、あいつはそんなんじゃねえ。ほかの奴もアイツの能力を認めてるから何も言わないだけだ。」 「子供をあやすのが上手だからですか?」 見上げる黒森はまっすぐに奈良を見詰めていた。 「・・・お前は、どうして小児科医になろうと決めた?」 「・・・子供は増えて、でも小児科医は少なくなる一方だからそれを助けたかったからです。」 「お前、渦巻をみてどう思う」 「保育士のように見えます。」 素直な言葉に、奈良は喉を鳴らす。 「そうか、だが小児病棟で渦巻のような医師が必要なんだ。子供と真正面からみて、想いを受け止めれるような奴が。」 ナルトが研修医として来た時から随分と変わった。 病棟はいつも明るく、子供達は素直になって行き自分を隠さないようになった。 ――馬鹿か、お前は頑張ってんだからこう言う時に我が儘言わないで何時いうんだよ! 点滴の副作用が強くて、血管痛で泣く事を我慢していた子供に怒鳴ったナルトの言葉を思い出す。 ――おまえ少しは手加減ってもんねーのかよ、初心者になにしてくれてんだ!! 子供達に人気のカードゲームの相手をして負けては怒る姿 ――いやー、ミーちゃんが結ってくれたんですよー 髪の毛を弄るのが好きな女の子に、髪の毛をやって貰っては嬉しそうに話す姿。 「渦巻の場合はちょっと特殊だからあまり気にするな。小児科医が少ないのは事実だしな、頑張れ。」 奈良は黒森の肩を軽く叩いてから部屋へと戻って行った。 「――特別だって、言ってるようなもんじゃん」 ぎゅっと握りしめた拳。 『・・・?』 ナルトの首から下がっている院内用の携帯電話が鳴った。 画面を見れば奈良からの着信で、ナルトは耳に当てて出ると、渡すものがあるから部屋に来てくれ、と言われた。 ナルトは看護師に告げると、すぐさま彼の元へと行き顔を引きつらせる。 『・・・あの、なんでこんな・・・』 「渡すのがあるって言ったろ」 だとしても、どうしてこんな恰好になっているのかがナルトには理解不能だった。 「直ぐにおわるから大人しくしてろ」 『できませんからっ!!』 奈良の方に尻を向けてズボンを必死になって押さえているナルト。 「だれも突っ込むだなんて言ってねえだろうが・・・」 『・・・何する気なんですか』 じろりと見ると、奈良は表情を変えず無遠慮にズボンの中に手を入れた。 『やめ・・・っんうっ!』 「傷、つきたく無いだろ」 窄まりに当たる何かに、ナルトは恐怖を感じて涙目になる。 ぬぷり。とはいった物体は違和感があって奈良の手は直ぐに抜き取られる。 『何・・・いれたんですか』 「次期わかる。お前は普通に仕事をして、素直になればいいだけだ。」 これ持ってけ。渡された書類を受け取って、ナルトは詰所に戻った。 中に感じる異物を取りたいが、そうしてしまうと後がとてつもなく恐ろしい。 動く気配はないし、大丈夫だろうと夕方まで仕事を続けた。 夜勤の看護師に報告をして、ナルトは黒森と注射の練習をする為に研修室へと向かった。 「腕、大丈夫ですか?」 『んー、まあ黒森君が医者になったらどんな感じか分かると思うから、気にしないで頑張ろう。』 へらりと返すと、黒森はナルトを睨む。 「あなたは、お人よしという言葉が良く似合うと思います。」 『そうかー?だって練習しないと子供達が痛がるじゃん。』 「あなたの基準は小児患者なんですか!?」 『当たり前だろ、下手に針さして嫌だって泣き喚かれるよりまし。次やっても最初の記憶が強いとそりゃもう凄いんだぞ。』 なに言ってんだ。腕を捲ると痣になっているのがあちこちにあって、誰がみても痛々しい。 『俺は確かに小児科医よりも保育士の方が向いてるのかもしれないけど、此処だと両方できるから丁度いいじゃん。』 面倒をみて、遊んで、勉強を教えて。 そして元気になって笑顔で退院できるなら。 『そんで、いつかその中で将来小児科医になるんだ、って夢を持ってくれたら、それってスッゲー嬉しいだろ』 笑顔を浮かべるナルトをみて、黒森はやはりこの人はそこら辺の医者とはかけ離れていると感じる。 距離が近すぎるとどれだけ辛い事があるのかわかっているのだろうか。 全てが元気に帰れるだなんて事はない。治療を施しても助からなかった命を、どう受け止めているのだろうか。 「・・・まだ死んだ人を見ていないから言えるんですか?」 『ん?それ言っちゃうと、黒森君どうすんの?』 青い瞳が黒森を捕えると、微かに眉が動く。 『あるに決まってるだろ、ほらやるぞ』 話は終わりだと言うように変えて、ナルトは瞼を閉じた。 笑顔を向けて名前を呼んでくれた。 辛い治療を我慢して、必死になって無理に笑顔を向けてくれた子。 小さな手は暖かかったのに、寝ているかのように安らかで、冷たい手。 ――ナルト先生! ゆっくりと瞼を開いて、ナルトは口を動かす。 『――今日は手の甲でやってみよう』 「手の甲にですか?」 『そう、乳幼児とかは手の甲だから。血管見えるしやりやすいと思うよ。』 皮膚の薄いそこは痛みも人によって違う。 『まあ、そこしかもう場所がな・・・っ!』 どろり。ナルトの中に入っていたものが液体になって中を濡らしていく。 『・・・っ』 チョコレートボンボンじゃあるまいし、なにかんがえてんだよ! 目を見開いて黙りこくるナルトに、黒森が覗き込む。 「どうしたんですか?」 『いや、なんでもない・・・っ』 零れてしまわないようナルトは力を入れてしまう。 と、そこにドアが開く音がして顔を向けると、タイミングがいいのか、奈良の姿があった。 「渦巻、お前ちゃんと教えてんのか?」 『してますから・・・』 素っ気なくかえすと、奈良はナルトの腕を捲る。それが痛くて顔が痛みで歪んだ。 『・・・っ!』 「随分刺されたな。」 「すみません、俺が下手なばかりに・・・」 頭を下げる黒森に、奈良はふうん、と鼻をならす。 「渦巻、おまえ保冷剤持って来い」 『・・・っ、はい。』 なんの液体なのかはしらないが、ナルトの身体が少しずつ熱をもっていくのが分かった。 ナルトが部屋から出ると、奈良はナルトが首から下げていた携帯に触れて操作する。 「お前、渦巻の腕、あれワザとだろ。」 「ワザとって・・・何を言ってるんですか?!」 違います!首を振って言葉をかえし、奈良を見上げる彼の瞳にはうっすらと涙の膜が溜まっていた。 「研修医の中で一際上手いって言われてんだろ。」 「奈良先生はどこでそんなでたらめな噂を聞いたんですか!?」 信じられません!黒森はポロリと涙を流し、奈良を見詰めるが彼の表情は変わらない。 「だれ、ねえ・・・。」 口許に指を当てて奈良は考えると、黒森が奈良の腕を掴む。 「違います、渦巻先生には悪いと思ってますが、僕は本当に苦手なんです・・・」 「医者や看護師の噂は回るのが速い。それは研修医の事でも同じようにな。」 その手を解いて奈良はナルトの携帯を置いて時計を見上げると、口端が自然に歪む。 (そろそろ効果が出て来てるだろう) 中身が出てこないよう歩くナルトの足取りはゆっくりで、熱くなる身体に覚えがあった。 『まさか・・・よ』 まさかあの時みたいに薬を盛ったのか。 研修医の時に奈良と初めて食事をした時、トイレに行っている間に媚薬を盛られたことがあった。 こんな感じの熱さだった。 腹の中が熱くて、呼吸が苦しくなって、服が擦れるだけでびりびりとする感覚。 『・・・っ、くそ・・・っ』 保冷剤を握り締めながら、ナルトは来た道を戻って行った。 『・・・っ、はあ・・・あっ、あん、にゃろ・・・っ』 目の前にいたらそんな言葉は言えないが、どうしても言いたくてたまらない。 がちゃり、とドアを開くとさっきと違う雰囲気になっていたのが分かるが、ナルトはそのまま崩れてしまう。 「・・・渦巻?」 「どうしたんですか?」 『・・・っ、そ・・・っ、しっ・・・』 荒い息遣いで言葉が上手く発せられない。 「奈良先生、渦巻先生何か病気なんですか?!」 黒森が聞くと奈良はナルトの肩に触れて保冷剤を額にくっつける。 「熱、あったんだ、こいつ。」 『ふっ、け・・・っ、いやだ・・・っ』 首筋に当てるとナルトは顔を逸らし拒絶の言葉を口にする。苦しくて自分の胸元を強く握り締めると、奈良は瞳を細める。 「送ってってやるか?」 『・・・っ、ねがい、しま・・・ふうっ』 みている黒森も、ナルトの吐息が普通じゃない事に気付く。さっきまで普通にしていたのに、こんなにも顔が赤らむのだろうか。 いや、奈良が来る前に何かの兆しはあった。どこか苦しそうな顔をしていた。 『やだ、それや・・・っん!』 溶けたような瞳で嫌だと首を振るナルトをみて、流石に黒森も目を丸くする。 なんだこの色香は。 たかが熱でこんなにも乱れたような雰囲気になってしまうのだろうか。 「悪いな、こいつ送ってくから違う奴に頼んでくれ」 『やっ、おろっ・・・ううー・・・っ』 軽々と持ち上げられてナルトはボロリと涙を落とす。それが子供のように見えて、可愛らしく見えた。 奈良はそのまま車へと向かい、ナルトを助手席に座らせ、ナルトの顎を指先で上へと上げさせる。 「――どうしてほしい?」 『かえっ、かえる・・・っ』 ぼろぼろ涙を零すナルトに、奈良はそれに吸い付く。 それだけでナルトの身体は震え、小さな声が漏れる。 「一人で帰れるのか?」 『やだ、奈良さ、一緒がい・・・っ』 顎に触れている手に触れて、ナルトは言葉にすると奈良は口許を笑わせた。 「それから?」 『なんで、くすり・・・いれ、の・・・っ』 かぷり、と彼の長い指先に噛み付いた。 それには奈良も面白くてクスクス笑い、車を走らせた。 [前へ][次へ] [戻る] |