月へ唄う運命の唄
不器用に7
「――ハッ、どうした客員剣士様ァ、随分とご立腹じゃねぇの!?」
「五月蝿いッ!貴様は殺すっ!」
大きく振り抜いた剣先から真空の衝撃波が飛び出し、突き出されていたバティスタの左腕を寸断しようとするが、それを嘲笑うかのように有り得ない動きでするりと躱されてしまう。
普通ならあれだけ体を捻ればどこかしらに支障をきたす筈だが、冗談のような柔軟さで難なく体勢を整えているその様子は殆ど人外といってもいい。
「アツくなんなよ。にしてもさっきのあの女、イイ声で鳴いたと思わねェか?思わず興奮しちまいそうになったぜ?………オラァッ!!なぁフィリア!」
余裕綽々にリオンを嘲笑う隙を突いて、スタンとフィリアが同時に放った四発のファイヤーボールがバティスタを襲うが、これをブリッジで躱すとそのまま倒立し、逆さの状態のままに旋風脚でまとめてスタンへと正確に蹴り返すバティスタ。
全く予想外の攻撃にスタンは慌てて横っ飛びにそれを回避する。…まるで曲芸のような動きを驚異的な身体能力で実現している。
ファイヤーボールの着弾に併せて挟撃しようと構えていたマリーとジョニーの二人は完全にタイミングを見失い動けずに居た。ソーディアンマスター三人を含む五人を相手にして互角以上に渡り合っている。
確かに、とんでもない力、だね。あの人の言っていた通り、とてつもない戦闘力。でもなんだろ、なんか、変…?
「ヘッ、この程度かよ。ンなザマで俺は止められないぜ?今からでも尻尾巻いてセインガルドへ帰ったらどうだ?グズらしくな!!」
「お断りします!!あなたこそ、もうこんな事は止めて下さい!」
床に唾を吐きながら罵られるも、フィリアは気丈にクレメンテを構え直しまっすぐにバティスタを見据える。バティスタはといえば、何を思ったのかそのひた向きな視線から目を逸らすと、浅い溜め息を吐いて口の中で何かを呟いたように見えた。
……と、その時。
「…っ!」
「ちぃっ!?」
ガァン!!と激しい金属音。
音もなくいつの間にか死角へと回り込んでいたリオンが斬り上げてきた刃を、寸での所で感知し辛うじて爪の股で挟み防ぐ。しかし攻撃を防がれたリオンはにやりと薄く笑うと、
「止まったな、喰らえエアプレッシャー!!」
「ぐォオオオオッ!?」
引き起こされる局地的な超重力がバティスタを押し潰さんと容赦無い圧力をかけ続ける。
凄まじい圧力に耐えかねたのか、湿った枯れ木をへし折るような鈍い音を立ててバティスタの骨が砕け、折れた骨がどこか内臓でも傷付けたのか大量の血が吐き出される。
「ゴッフォッ…ガ…ァああああああ!!!!」
獣のような咆哮を上げ、バティスタが床に膝をついたと同時に強力な重力を生み出していた晶力が霧散して晶術の効果が切れる。そしてそれを合図にでもしたかのように、漸く私の肩の傷が塞がりどうにか動けるようになった。長時間継続して治療を続けたせいかルーティの顔色が少し青くなっていた。
「ありがとうルーティ、大丈夫?」
「あたしは平気。それよりバティスタは?」
見れば先程の術により致命傷を負ったらしいバティスタは、未だに床に膝をついたまま俯いて動く様子はない。そしてそこへ駆け寄ろうとする人影があった。
「バティスタッ!!」
つい先程まで刃を交えていた敵へと走るフィリア。その叫びに、僅かな反応を見せるバティスタは体を支えていた手を握り締め拳を作るが、それにフィリアは気付いていない。…まずい。
「フィリア、駄目っ!!」
叫んで私も走り出す。
駆け寄るフィリアの影がバティスタの体にかかる。
それを確認し距離を測ったバティスタが勢い良く顔を上げた。そこに浮かぶ表情は喜んでいるような、哀しんでいるような…だけど確実に殺意を孕んだ瞳が彼女をしっかりと捉える。
そこで漸く危険を察知したフィリアは慌てて急ブレーキをかけたが、同時に振るわれる凶爪。
「ォアアッ!!」
「ハァっ!」
空気を斬り裂く音に金属がぶつかり響く硬い音が重なり、今度は無事に羽姫により攻撃を弾くことに成功するも、それは敵の片腕に過ぎないとすぐに気付く事になる。
「この期に及んで甘ェってんだよォオ!!」
「………っ!」
弾いた右腕に構わずに左腕での斬撃。先程まで治療をしていたとはいえ、まだ痛みが残る上に漸く薄皮一枚で止血しただけの私の右腕に武器はない。
しかし致命傷を覚悟した私の視界に、迫る爪の前へと真っ赤な血で汚れた白いローブが割って入るのが見えた。
「させませんっ!…痛ぅっ」
バチリと覚えのある音とともに現れたクレメンテを正面に構えるフィリアにより、辛うじて防がれる第二の攻撃。
――そして。
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