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月へ唄う運命の唄
月へ歌うアイの唄6

「さて、いよいよ明日とマり、なりまヒた」

『えぇそうね。だからこうして相談に乗ってあげてるのでしょう?ていうか今噛んだわね』

放っといて。えぇ緊張していますとも。緊張して噛んだ挙げ句に声もひっくり返りましたとも。
だって明日はゼドとデー…でー…………でぇ……

「えぇぇぇぇ…」

がくり、自室の床に崩れ落ちる。
この数日間、どうにかして断れないかとゼドが居そうな場所を方々探し回ったのだが、私やエミリオとは違って休暇でもない彼は仕事で忙しいらしく捕まらなかった。
出会った頃とは違い、今ではそれなりに高い地位に居るためその分忙しなく駆け回っているようだ。
そうしている内に時間は無情にも過ぎていき…今に至る。
ちなみに待ち合わせ場所や時間の指定には、それを記した手紙が一通届いていた。

「どうしよう、ねぇどうしたらいいの?」

『自業自得でしょ。と、突き放したいのは山々なんだけど…はぁ。ここまで来てしまったら、後はもう正面対決、ね』

し、正面対決って。

『とりあえず、貴女は女として彼に恥をかかせないように振る舞うのよ?服装から仕草から言葉遣いに礼儀作法…これらは貴女自身の周囲からの評価にも繋がるからね。そうして二人で過ごしいざ、その話になったとするわね』

「はい」

なんだかお母さんに説教されているような気分で、思わず正座して拝聴。…あれ?確か同い年だったよね?

『しっかりと彼の言葉を聞いてあげなさい。真摯な言葉を聞き漏らしては失礼よ。そして、全て受け止めた上で、どう答えるかは貴女次第』

「え?」

予想していた言葉とは少々違う事に、思わず疑問の声が漏れる。

"どう断るか"じゃなくて?

『そう、どう"答える"か。迷っているのでしょう?捨てるか、捨てざるべきか』

彼への想いを。

「………」

『だから、この助言なのよ。真正面から彼…ややこしいわね。ゼドの想いを受け止めて、心揺さぶられるなら…それに従うのも悪くはないんじゃないかしら、という事よ』

確かに、そう…なのかも知れない。
このまま報われない想いを抱き続けるより、新しい恋を探してみるのもいいのかも知れない。
それをゼドがくれるのなら、受け入れてみるのも、悪くはないかも…と、ちくちくと刺さるような胸の痛みに耐えながら考える。

「いいの、かな」

『ん?』

「それで、いいのかな」

『さぁね。言ったでしょう?貴女次第と』

あれ。なんか言ってる事おかしくない?ちょっと無責任じゃないのそれ。

『私が言った言葉はあくまで助言。決めるのは貴女だし、その先で幸せを見出だすのも貴女自身よ。貴女の人生を、私が決めるわけにはいかないわ。私の人生じゃないし、もう終わっているのだしね』

私の"現在(イマ)"はおまけみたいなものよ。と姫はあくびを噛み殺しながら言う。そういえばもうこんな時間。
時刻は深夜、日付も変わってしまう直前になっている。というのに、部屋の外…正確には階下の食堂の方が妙に騒がしいので気付かなかった。普段ならばもうこの時間は住み込みの使用人達もそろそろ部屋で休んでいる筈なのだが。

「…?何やってるんだろ」

ちょっと様子を見に行ってみようと立ち上がり、何の気なしにドアノブを掴んで回し………ま、…まわ……

ガチャガチャガチャ。

「なんで!?」

扉が開かない。押しても引いても横に滑らせようとしてもびくともしない。
鍵を閉められたらしい。それも部屋の内から操作出来る鍵だけじゃなく、外付けでも追加されているようでこちらからはどうにも出来ない状態になっている。つまり内と外の二重鍵。私が内側から一つ外しても外側のものが行く手を阻んでいるのだ。

『いつの間に…私にも気配を気付かせないとはやるわね、マリアン』

つまり姫は気付いてて放置してたのね。ほんとに気付いてないなら誰がやったかなんて特定出来るわけないし。
ていうか何で私閉じ込められてるの?あれ、何か悪い事したっけ?

「なんでー!?ちょ、ほんとに開かな…誰か、あーけーてー!」

『壊せばいいじゃない』

そんな事は出来ません。お掃除とか補修とか大変な事になっちゃうし。
飽きもせずに無駄と知りながらガチャガチャとドアノブを回してみたり、扉を叩いてみたりしていると、唐突に向こう側に人の気配を感じた。

「やかましい。何時だと思っているんだこの馬鹿者」

「はうっご、ごめんなさい」

エミリオだった。扉越しにもわかる程に呆れたような気配を漂わせながらも、彼は外付けの鍵を外してくれたらしい。漸く頑固な扉が開いてくれた。
不思議と扉を開いた向こう側に立っていた彼は不機嫌な様子はなかった。
煩くしてしまったのでてっきり怒られると思っていたのだがそんな様子はなく、何故か妙にそわそわしているような気がする。

「ありがと…どうかした?」

「いや…、なんでも…ない」

「………?」

「…………」

なんだか歯切れが悪い。文句を言うでもなければ、そのまま自分の部屋に戻るでもない。その上ちらちらとこちらに視線を寄越しては外し、寄越しては外しを繰り返している。はっきり言って挙動不審だ。彼にしては非常に珍しい。

『あぁそういえばクノン、こんな時間まで何してたんです?』

「ん?えーと…あー…」

どうしよう。明日の事考えて悶えてました、なんて言えない。唐突なシャルの質問に思わず言葉に詰まってしまった。…が、

『修めた巫術をノートに記録してたのよ。覚え書きにね』

姫ナイスフォロー!

『あぁそうだったんですか。でしたらちょうど良かった。坊っちゃんも先程まで読書をされていたのですが、この時間まで起きていたせいかお腹が空いたみたいなんです。それでマリアンに軽いお夜食を作って貰ったんですけど…良かったらクノンも一緒にどうですか?一人で食べるのは坊っちゃんも寂しいでしょうし』

「おいシャルっ!?」

彼にとっては余計な発言だったのだろう、私を誘ったシャルは怒られていた。

まぁ、そうだよね。せっかくのマリアンお手製の料理だし、二人きりになれるチャンスだったんだもんね。私が行ったら…きっと、邪魔、だよ…ね。

チクチクチクチクと胸が細かい針で突つかれるような、嫉妬の痛み。そんな痛みを覚える自分に心底嫌気がさす。声にこそ出さずには済んだものの、多分顔には少し出てしまったかも知れない。

『あらそうなの?せっかくだからご相伴に与ってはどうかしら?というよりも貴女、夕食もロクに食べてなかったし、もう少し栄養を摂りなさい。…という事で決まりね。行きなさい』

「そうなのか?………、ならちょうど良い、付き合え」

その言葉にハッとして逃げようとしたけど、時既に遅し。がっしと掴まれた右腕を引っ張りずんずんと食堂へと歩き出すエミリオ。
確かに夕食はゼドを探し回った疲労と見つからなかった事からの心労であまり食べられなかったし、ちょっとだけお腹空いてたりもするけど…私の意思は無視ってどうなの?ていうか姫もエミリオも物凄く強引な気がするのは気のせい?それに私の腕を引いて歩く彼の顔は、何故だか少し紅くなっている気がする。一体どうしたというのだろうか。
わけがわからないまま、気が付くと私はとうとう食堂の前へと到着してしまっていた。


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