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月へ唄う運命の唄
月へ歌うアイの唄5

神の眼を再び封印してから二日。神の眼の保管に使われたとある山の中にある洞窟の入り口には、十数人からなる武装した男達がたむろしていた。
見張りとして立っていたセインガルド兵は三人とも気体散布された薬物によって眠らされ、地面に倒れたまま。しっかりと効いていることを確認したスーツ姿の男は満足そうに頷くと、傍に控えていた執事風の男に合図を送る。

「――ではお集まりの皆さん、御用意はよろしいですかな?」

「おぉいつでも行けるぜ、しかしいいのかい?こんな事して…天下のオベロン社総帥様よ」

「ふ、構わんのだよ。何より資源というものは有効に使われてこそというものだ」

「違ぇねぇ。じゃあ報酬100万ガルド、用意は頼んだぜ」

「任せたまえ」

ここにいる男達は、傭兵稼業を生業とする者達である。
オベロン社の総帥自らの依頼で、ここに運び込まれたという巨大レンズを回収するためにやって来たのだ。
その価値は市場で流通するレンズとは比較にならない程で、セインガルド王国はこれを"隠し財産"として保管したと聞かされていた。
保管に際しては厳重なトラップ等が仕掛けられており、そのためそれらを突破出来るという腕利きが必要との事である。
そして傭兵というのは、金のためならば善悪問わずに依頼を完遂する、そんな人間達だ。だからこそ、ある意味では堂々と"実験"出来るのである。
そして報酬が確かなものであると確認した男達は罠を警戒しつつも洞窟内に足を踏み入れる。一人、また一人と暗がりの中へと入っていき、やがて最後の一人が入り口に一歩踏み込んだ時だった。
身の毛もよだつような凄まじい悲鳴が洞窟の奥から聞こえてきたのは。
そうして悲鳴が一つ上がる度にべちゃり、びちゃりと腐った果実を地面に叩きつけた時のような不気味な水音が聞こえてくる。

「ぎゃあああっ」

――べちゃり。

「ひぃいいいいっ」

――ぐちゃり。

「くるなっ!くる…ぁああああっ」

――ばちゃり。

そしてそれらは交互に響きながらだんだんとこちらへ近付いてきているようだ。
得体の知れない恐怖に、最後尾に居た傭兵はその場に縛り付けられたかのように動けない。

一体、何が起こってやがるんだ…?

一つ、また一つと果実が潰れていき…やがて、それは姿を現した。
"そいつ"は女だった。…いや、そいつの髪と思われるモノの長さや身体の丸みを帯びたシルエットが女であるように見えるだけで、目もなければ鼻も口も真っ黒く塗り潰されており、それらが備わっているのかすらまるで判別出来ない。
そしてそれが全身一分の隙も無く真っ黒なのだから、例えるなら影法師が質量を持って立体化したかのような不可思議な存在だった。
さらに不可思議なのは、全身がずぶ濡れにでもなったかのようにいたる所からやはり汚泥のような真っ黒の雫が滴っている。
目に涙を溢れさせ、形振り構わず一目散にこちらへと走って逃げてくる男の頭を鷲掴みにする、黒い女のような影。
次の瞬間、そいつは彼の頭を掴んだまま横の岩壁に吸い込まれるかのようにしてするりと入り込んだ。当然、頭を掴まれたままでいるために引っ張られた男は遠慮容赦無くグシャっ!!と岩壁に肉体を叩き付けられる。
彼は背中から押し潰されたわけでもない筈なのに、まるで万力で挟まれたかのようにぐぐぐ、と岩壁にめり込んでいく。
そうしている内に頭から全身の肉が潰れ骨は砕け…やがて最終的には人型の赤い染みになって消えた。
先程から聞こえていた水音は、"人間が潰れた音"だったのだ。それも不可解な痕跡だけを遺して。
そしてついに最後尾の男が恐怖に怯えながら洞窟の入り口から出ようと、外の方へと振り向いた刹那――

がしり。

「あ…ぁああああ゛あ゛あ゛あ゛っ」

ぐちゃ。

……ズズ…

やはり仲間達と末路を同じく赤い染みとなって消えた。
そして次なる獲物を求めわらわらと黒い人影達が入り口まで殺到するが、境界となるラインよりこちらへと来る様子がない。
というより、まるで行き止まりの壁にでもぶち当たったかのような反応をしている。
境界ラインすぐ目の前十数センチの位置に居るヒューゴが"認識出来ていない"。

「成る程。これは厄介だな」

「ヒューゴ様、危のうございます、お下がりください」

「問題なかろう、奴らに私は見えておらんよ」

ですが、と言いかけたレンブラントを目で制すると、ポケットに忍ばせていた"あるモノ"を洞窟内に放り投げてみた。

瞬間。

ザザザッ!と"ソレ"から距離を取るようにして人影達は身を引いて逃げた。…が、やがてその投げられたモノも傭兵達と同じように人影の手で潰れて消えた。

「ほう…これはそういう事、か」

理解した、ならば後はやはり、"計画通り"に事を進めなければならんな。

「ヒューゴ様、あの影は一体…?」

と、未だに先程までの惨劇によるショックから立ち直れていないのか、レンブラントが震える声で訊ねる。

「恐らくは、だが…怨霊というものだろう。傭兵どもは奴らに魂を肉体ごと引き摺り込まれたようだな。それにどうやら洞窟の入り口から先は奴らの"世界"になっている…あれらはどうにも出来んよ」

――まったく、やってくれる。確かにこのままでは神の眼が回収出来ん。このままでは、だが。

「怨霊、でございますか…モンスターとは違うのですかな?」

「違うな。あれらはレンズと融合して生まれた突然変異の類いとは根本的に違う。まぁ私に考えがある、戻るぞ」

そうしてヒューゴはレンブラントを伴って洞窟を後にした。
太陽が頂点に到達する頃になって漸く目覚めたセインガルド兵達は、昨夜の惨劇などつゆと知らずに交代に現れたファンダリア兵と見張りを替わったのだった。


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