月へ唄う運命の唄
熱砂に溶ける氷壁7
「スタン」
長かった夜は明け太陽が顔を出し始めた頃、神殿から少し離れた場所に寝かせていたスタンに声をかける。
やがてううん、と短く唸った彼は、眩しそうに目を開けた。
「あれ、此処は…?」
「やれやれ、元に戻ったみたいね」
パナシーアボトルで石化を解いた後、時折回復晶術を施しながら看病していたルーティが安堵の溜息を漏らす。
「いつの間にか朝になってたんだ。…っ!!そうだ!!グレバムは!?」
『逃げられた』
「間に合わなかったか…」
不満そうに短く答えたディムロスの声にがっくりと肩を落とすスタン。
「スタン君、具合は大丈夫かね」
「バルックさん、どうして此処へ?」
「君達がチェリクを出たと聞いてね。心配になって出て来たんだ。傭兵部隊を同行させてよかった。神殿内のモンスターは全て片付けたぞ」
「バルックが来てくれなかったら、私達も危なかった」
激しかった戦闘に疲れを色濃く残した表情で言うマリー。
…そう、エミリオが地下室を出て暫く、漸く戦闘可能なまでに回復した私がマリーと二人でルーティとフィリアを庇いながら戦っていると、バルックさんを始めとした傭兵部隊を引き連れてエミリオは戻って来てくれた。
私が回復するまでの間一人で前衛をつとめていたマリーの消耗は特に激しく、大きな巫術を使った反動で本来の力が出せなかった私も含めて状況はかなり危うかった。
「リオンさんがバルックさんに、神殿へ向かうよう頼んでくれたんです」
フィリアがマリーの言葉を引き継いで補足する。その事実にスタンは驚きの声を上げた。
「たまたま私達が街に到着した時、リオンと会えたのでね」
そう笑って答えるバルックさんはなんだかとても愉快そう。スタンが思わずといった調子でエミリオに歩み寄ると、彼は表情を隠すようにぷいと背を向けてしまった。
なんだかその様子がとてもおかしくて、私の頬は緩んでしまう。…なんていうか、凄く可愛い。
「みんなを助けてくれたんだな、ありがとうリオン」
「ふん、だから言っただろう。お前達は足手纏いだと。本当ならバルックに協力させて、グレバムを捕えられた筈なんだ。全く一からやり直しだ」
ストレートに感謝を示すスタンに、照れ隠しなのか僕は不機嫌だ、という声を作ったエミリオは眉間に皺を寄せながらスタンに向き直ると聞いているのかと怒鳴る。
けれどやっぱりどこかその響きは恥ずかしそうで、どうしても迫力不足だ。
「次にグレバムと会った時はこうはいかない。その時こそ、"僕達"の実力を見せ付けてやる。いいな?」
「っ!リオン…」
含まれた意味に気が付いたスタンから笑みが零れる。…いやスタンだけじゃない。私は勿論、マリーも向日葵のような笑みを浮かべていたし、やれやれと肩を竦めたルーティだってまんざらじゃなさそう。フィリアも柔らかく微笑んでいる。
「次の目的地はノイシュタットだ。行くぞ」
「みんな出発だ!!」
二人並んで、これまでよりずっと近い位置で歩き出すエミリオとスタン。…なんだか不思議な取り合わせ。
けれど漸く、エミリオにも信頼する仲間が、ともに並んで歩く事の出来る友達が出来たみたい。やっぱりスタンは、エミリオの壁を溶かしてくれた…なんだか少しだけ目頭が熱いような気がする。
ねぇエミリオ。あなたの周りに居るのはマリアンと私だけじゃないんだよ。シャルや姫は勿論、こんなにも暖かい友達が、仲間が居るんだよ。
だから、怖がらないで。独りになろうとしないでね。
私が好きなエミリオには、やっぱり笑っていて欲しい。これからは、少しずつでも彼に笑顔が増えていきますように。
そう密かに祈りながら、私も少し先を行く二人を追いかけた。
2014/05/15
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