月へ唄う運命の唄
熱砂に溶ける氷壁6
「急急如律令…闇獄・桜乱千華陣!!」
クノンの声と同時、視界を多い尽くすような大量の花弁が呪符により指定された陣と化した地下室に舞う。その花弁が魔物に貼り付くと、次の瞬間には貼り付いた花弁が雷撃の剣となり次々と魔物達の身体に突き立ち雷と漆黒の炎で焼き尽くしていく。
激しい紫電の光と燃え盛る炎の熱気にリオン達は視界を奪われていたが、やがて魔物達の断末魔が聞こえなくなるとともにそれは収まって行った。
暫くして目を開けると、静かになった地下室には墓標のように雷光の剣が突き立つ姿だけが残っていた。
「ぜぇ、はぁ…だい、せい、こう…」
どさり。力を使い果たした私は空中からゆっくり地面に降り立った瞬間、脚に力が入らずにそのまま倒れてしまった。翼になっていた髪留めがカラン、と転がる音がし、周りに残っていた無数の雷の剣は音もなく空気中に霧散していく。
「クノン!!お前は、また無茶な事を…!」
巻き込まないように出口まで退避させていたみんなが駆け寄って来る。そのままエミリオに上半身を抱き起こされると、もの凄い勢いで怒られた。
「お前、わざわざ威力を底上げするために僕の技を受けたな!?それもぶっつけ本番でっ!!思いつきでっ!!受けきれなかったらどうするつもりだったんだこの大馬鹿者がっ!!!?」
「ご、ごめ、なさい、あいしょ、う的にいける、かなって思った、からっ」
がっくんがっくん玩具みたいに揺さぶられる…うえ、酔いそう。
「上手くいったから良かったものを…」
「あはは…ごめんね。でもこれでグレバムを追いかけられるよ。私は少し休んでから追うから、エ……リオン達は先に行って」
「…、だが」
「いいから、これじゃなんのために私が…………っ!?」
心配そうに私を抱いたまま顔を覗き込んでくるエミリオの背後で、何かが蠢いたのが見えた。――あれは!
「リオン、危ない!!」
その声とともに、生き残っていたバジリスクと私達の間に割り込む形で大きな背中が視界に飛び込んできた。
びしゃり、体液を浴びる音。
「スタン!?」
「なっ!?」
驚きに目を見開くエミリオと私の前で、パキパキと乾いた音を立てながら石化していくスタンは、満足そうに笑いながら。
「良かった、二人が無事で。…早くグレバムを追い」
その言葉を最後に、彼は完全に石像となる。心の底から安堵したような、穏やかな笑みそのままに冷たい石となり固まる。
「この、まだ残っていたのか!」
「スタン、少しだけ我慢してて、すぐ治してあげるから!」
マリーとルーティがどこに隠れていたのか先程と比べれば少ないながら姿を現した魔物達に飛び掛かり、漸く気を持ち直したらしいフィリアも二人をサポートすべく詠唱を始める。
運良く花弁の直撃を免れた個体らしいが、魔物達は全くの無傷というわけではないようだ。
私はそれをどこか遠くの事を見るように茫然としていたエミリオの袖を引き、意識をこちらに戻す。
「リオン、リオン…」
「――くそっ」
吐き捨てるように言ったエミリオは、まだ動けない私を物陰に隠し壁に寄りかからせると、そのまま出口へと向かおうとする。
「待って!どこ行くの?」
「………っ、すぐに戻る」
「え?」
予想外の言葉に驚く私には答えないまま、彼は廊下の向こうへと走り去ってしまった。
どういう事だろうか。"すぐに戻る"?すぐにグレバムを捕らえてくる、という意味…には聞こえなかった。だとしたら、彼は一体何処に向かったのだろう。
それに、さっきのエミリオは、どこかショックを受けていたみたいだった。まるで全く予想外の出来事に出会したみたいな…こんな切迫した状況で、あんなに茫然としている彼なんて初めて見たかも知れない。
――そしてエミリオの向かった目的は、生き残っていた魔物達が漸く半数となった頃に明らかとなった。
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