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夜空を纏う銀月の舞
ソロモンには届かない6

「――それじゃ、ここでお別れ」

「おう、またな」

「寂しいけど……ユカリにはユカリの生活があるもんね」

あれから無事、アイグレッテへと到着した私達は神殿の入口で別れる事になった。彼らは彼らの目標に向かって旅を続けるため、私はルーティさんとの約束を果たすため。短い間だったけれど、楽しい道程だっただけに名残惜しくもある。だけど、いつまでも惜しんでばかりはいられないのだ。
そうして二人と別れた私は真っ直ぐに知識の塔の自分の部屋へと帰宅した。……途端。

「ユカリさまー〜!会いたかったぁ〜〜!」

ぽすん、と人形サイズになったフィオが私の胸に飛び込んできた。

「寂しかったですよぅ!夜には帰るって言ってたのに、もう1日越えて夕方になっちゃってますよぉ〜!」

「ごめんね、ちょっとゴタゴタに巻き込まれたり色々あって。……変わった事はない?」

「ぐすっえぐっ……はい、いつも通り特に事件もなく、書庫の利用者もあまりなく……ヒマでしたよぉ〜!」

まぁどこかの誰かが「礼拝日以外の神殿の利用を禁ずる」なんて余計な事をしてくれたおかげで書庫の利用者が激減したのは事実だけど。余計な事まで言わなくていいよ。
そう思いながらフィオの頭をよしよしと撫でて慰める。なんというか、この子は本当に式神らしくないなぁ。あの主とはまた違った妹、みたいな感じだ。重度のシスコンの。

「ぐすっえぐっ……ぐ、ぐす…ぐフ、ぐふ、ぐふふふふぅぇへへへへ、ユカリさまの、おむね……やらか〜い……ぅへへへへ」

「ちょっ!?こら、揉むな変態式神!!」

「もぷっ!?」

胸に顔を埋めたままふにふにと揉み始めた彼女を掴んで、寝台に投げつける。ぼふん、と勢いよく布団に埋まった彼女から「しまった……つい欲望がはみ出てしまった……!」とか言う声が聞こえてくる。これさえなければ優秀だし可愛い妹みたいなのに、本当に残念な子だ。

――と、不意に小さな気配を感じた。急いで机の引き出しから神殿の見取り図を取り出して、図面をくまなくチェックする。
すると、大聖堂にほど近い場所で、侵入者を示す青い印がそこへ向かいゆっくりと移動していた。青色、という事は今はまだ殺気などの不穏な気配を放ってはいないという事。敵意を示す赤色ではない。が、侵入者は侵入者だ。丁重にお帰り願おう。

まったく、帰ってきて早々これ?

「フィオ、おいで。大聖堂に侵入者」

「あれ、まだこんな時間からですか?珍しい〜」

よいしょ、と埋まっていた布団から顔を出した彼女を拾い上げて肩に乗せると、私は現場に急行。
そして辿り着いたその場所には、予想していた人物とそうでない人物がいた。

一人は、この時間になると祈りを捧げるために大聖堂へと足を運ぶフィリアさん。そしてもう一人は、つい何時間か前に別れたばかりの、ワンピースの女の子だった。
彼女は扉を開けて飛び込んできたのが私だとわかると、少し驚いたように目を丸くしていた。

「あ……」

「……さっきぶり。敵意がなかったからもしかして、とは思ってたけど。やっぱりキミだったんだね」

「お帰りなさい、ユカリさん。お知り合いだったのですか?」

見つめ合って固まる私達に意外そうに、しかしのんびりとした口調で話しかけてくるフィリアさん。私は「ちょっと縁あって」とだけ短く説明すると、女の子を通り過ぎて彼女の隣に並ぶ。万が一に備えてだ。

「キミは英雄を探している。フィリアさんは、どうだった?」

「…………」

その問いに女の子は静かに首を横に振る。希望を挫かれたような、悲しげな表情。

「そう。なら、これからどうするの?」

「……わたしは……」

「ならばその役立たずの英雄、俺にいただこうか」

――空間の歪み!?

警戒しつつ女の子へと向けた問いに、彼女のものではない邪気を孕んだ男の声が割り込むように答えた。
声のした方を見やれば、祭壇のすぐそばに楕円形の黒い空間が拡がり、やがてその中から筋骨隆々とした、長髪の大男が戦斧を担いで現れる。
迸る殺気をまるで隠そうともしない、禍々しいほどの視線は真っ直ぐにフィリアさんへと向けられている。

……こいつ、まさか。

「キミが、スタンさんを殺した"英雄狩り"だね?」

「ほう、知っているのか、小娘。なら俺の用事もわかるよなぁ?何者かは知らんが、俺の渇きを潤す邪魔はするなよ」

「なるほど、キミは強者を求めてさまよう戦闘狂。でも、どうして今まで動かなかったの?十年以上も」

(…フィオ、今のうちにフィリアさんを安全な場所に)

(わかりました。気を付けて下さい、あいつ、多分恐ろしく強いです)

一言だけ注意をした彼女は、目立たないように私の肩からフィリアさんの肩へと飛び乗ると、少しずつ後退するよう促した。

「フン、こちらにもいろいろ都合があってなぁ。楽しみは後に取っておいたとでも言っておこうか。……邪魔をするなら、貴様からくびり殺してやろう!」

そう言った男は戦斧を振りかざしながら真っ直ぐにこちらへと突進してきた。

「《武神ノ式》フォースロード……壱。続いて《界ノ扉》ゲイト……連続セット、――シルフィバレット!!」

礼拝堂の床・男の足元へと空圧の砲弾を放つ。男は突如大きな音を立てて弾けて炸裂した床に驚き体勢を崩した。

――今!春霞ノ太刀・霊式……"瞬雷桜閃"っ!

瞬きよりも短い時間で男の懐深く、つんのめり覆い被さられるような位置にテレポートしたユカリは、差し出すように前へと突き出された首を斬り落とすため上方へと超速の抜刀術を繰り出した。より確実に仕留める為、"魔女"にあるまじき接近戦を選んだのだ。……が。

「ぬぅうんっ!!」

男は体勢を崩しながらも恐ろしい速度で咄嗟に戦斧を振り回し、ユカリを聖堂の横壁まで殴り飛ばした。
戦艦から撃たれた巨大な砲弾が爆発したような音を立て、激突する小さな身体。体勢を崩した上に片腕での打撃にも関わらず、凄まじい膂力である。そしてそれを見ていたフィリアは悲鳴を上げた。

「ユカリさんっ!」

「ちぃ、今のは少し肝を冷やしたぞ……なんだあの小娘は?」

「魔女。ユカリ=トニトルス」

浅く皮膚を裂かれ血の滲んだ喉を撫でていた男は、つい先ほどまでと全く変わらない平坦な少女の声にそちらへと振り向いた。
もうもうと立ち込める粉塵の中から現れる、無傷の少女。彼女の背後の壁は砕けて穴まで空いているというのに。

「無傷だと?妙な手応えだと思ったが……障壁の類いか?」

「ハズレ。ただの服」

にしても、今の一撃で仕留められなかったのは辛い。……こんな事なら彼の言う通り、鍛えておくべきだった。強化の反動がこの一瞬でもう来るなんて。

一見、全くの無傷で平然としているように見せてはいるが、その実ユカリの体力は大幅に削れてしまっていた。今は肩で息をしないよう最大限強く振る舞っているだけである。
巫力を宝石の粉で書いた紋様に通す事で、周囲の空気を自動圧縮し頑強な鎧を布地の上に纏うローブのおかげで傷こそないものの、先ほどと同じ技を使うだけの体力がなかった。

……もっとも、多分同じ手は通じない。なら、せめてフィリアさんが逃げる間の時間稼ぎだけでも。

「シルフィブレイド」

刀へと本来の姿に戻した羽姫を振るい、いくつもの真空の刃を撃ち放つ。相手は剣筋から射線を見切っているのかそれらを悉く躱しつつ接近すると、容赦なく戦斧を横殴りに振り回す。
咄嗟に羽姫を使い斧の刃を受け止めるが、あまりの体重差と膂力の差により再び砲弾のように小さな身体を吹っ飛ばされてしまう。

「ぐっ……!」

「クククッ……どうした?もう手詰まりか?魔女とやら。それともさっきの一撃はまぐれだったのか?」

「冗談。ハっ!……エアプレッシャー!!」

カツン、と今度は杖へと形態変化させた羽姫による空圧の圧殺術式を、上から晶術を重ねがけする事でより強力な力場を形成。直径十メートルはあろうかという広範囲の中で、聖堂に置かれている机や椅子は床もろとも一瞬で砕けて巨大なクレーターを作る。その中心点で圧力に耐える男から、何かが砕け潰れるような鈍い音が響いてくる。しかし、それにも関わらず凄まじいであろうその圧力の中で、男は腕を頭上へとかざし拳を固く握り。


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