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夜空を纏う銀月の舞
ソロモンには届かない7

「小賢しいわぁっ!!」

重く響く、低い震動を伴って拳を床に叩きつけた。
それは詠唱を破棄した晶術。男の拳から地面を伝い凄まじい速度で伸びた影の刃が、術の維持に集中していたユカリの脇腹を貫いた。無論、ローブの自動防御は機能していたが、純粋な物理エネルギーの範疇外までは防ぎきれなかったのである。

「が、フッ………!?」

たまらずユカリが小さく血を吐きながら床に倒れると同時、維持されていた術が両方とも霧散し、男は殺人的な圧力から解放される。

「ユカリさまっ!?……よくも!よくもユカリさまをぉお!!」

それまで戦闘の余波に紛れて少しずつフィリアを後退させていたフィオが、人間サイズとなって飛び出した。
突然現れた敵に一瞬驚いていた男だったが、構わずに応戦する。

「どこから沸いて出たかは知らんが、その程度の腕でこの俺に歯向かうとは、片腹痛いわっ!」

「ぐっ、こ、このっ……!」

袈裟、逆袈裟、突き……一心不乱に刀を振るうフィオの剣撃を、しかし軽々と戦斧でいなしていく。ただでさえ実力で劣るところに、感情が先走って冷静さを欠いていた少女は数合撃ちあった末、胸を大きく切り裂かれ地面に倒れ伏した。

「フィオっ!」

「に……逃げ、て……がぁっ!」

フィオがのばした手は、男の踵に踏み潰され鈍い音を立てて砕ける。無駄な足掻きごと押さえつけるかのように。

「フン、魔女の方には多少苦戦したが、貴様は話にならんな……さぁ覚悟しろ、フィリア=フィリス。――なんのつもりだ」

痛みに呻くフィオを蹴飛ばしてフィリアに近付いた男は、彼女との間に割って入ったワンピースの少女を睨み付ける。

「…………っ!」

きゅ、と唇を真一文字に引き結んで、恐怖に震える身体を精一杯支えながら手を広げて庇う少女。それをつまらなさそうに眺めていたのも束の間、男は「邪魔だ」と彼女を突き飛ばして軽々とどかし。

「く……!――光よっ」

「遅い!!」

フィリアの詠唱が完結する刹那、それよりも速く戦斧が振り下ろされた。

「ぁああああっ!!……あ、あうっ、くっ…………!!」

左肩を大きく切り裂かれ、噴出する鮮血。……だが、生命の灯火を吹き消すには、幾ばくか足りなかったようだ。

「ちぃ、まだ生きていたか、小娘……!」

そう、戦斧が振り下ろされる刹那、ユカリが背後から放った空圧の砲弾によって斧を持っていた方の肩を撃たれ、軌道が逸れた為に致命傷を免れたのだ。

「ころ、させは、……しない……!二度、も、守りきれずに、死ぬなんて……ぜっ……たい……嫌……!!」

「なんの話かは知らんが、やはり貴様から殺しておくべきか」

床に倒れたうつ伏せの状態で、真っ直ぐに男を見据えるユカリ。その視線を忌々しく感じた男は止めを刺すべく近付こうとして――足を止めた。

「待て!」

そこに入ってきたのは、なんとカイルとロニの二人であった。

いけない、いくらか手傷を負わせているとはいえ、あの二人じゃ……!

二人を止めようと身を起こすために力を入れるが、傷が深いせいか立ち上がれない。先に傷を塞がなければ駄目らしい。

「なんだ貴様らは?」

「未来の大英雄、カイル=デュナミスが相手だ!」

「貴様のような虫ケラが、英雄を名乗るとはな……!死にたいのか、小僧!!」

一瞬で膨れ上がる殺気、爆発するような雄叫びとともに恐ろしい速度で二人に詰め寄った男が振り下ろした戦斧の一撃によって、聖堂の床は砕けて四散する。
二人は間一髪、どうにか必死で飛び退くことによりこの一撃をなんとか躱していた。

「な……っあいつはバケモノかっ!?」

「だ、だめ……二人とも、逃げて……!」

「大怪我してるユカリを置いてなんていけないよ!それにあそこで倒れてる女の子やフィリアさんだって!」

私達を庇うように剣を握るカイル。その隙にワンピースの子は起き上がると、私やフィオとフィリアさんを見比べて少し迷った後、気を失ってしまっているフィリアさんの方へと走り治療を始めた。

良かった、あの子は、あちら側じゃない。先程のことといい、あの男とは関係がなさそう。

「このまま引き下がれるか!オレの全てを、ぶつけてやる!」

「覚悟だけは誉めてやろう、小僧。俺の前で英雄と口に出したこと……死の淵で悔やむがいい!」

「クソッタレ……こうなりゃヤケだ!!付き合ってやんよぉ!!」

男に飛び掛かるカイルとロニ。幾度となく鳴り響く武器が激しくぶつかりあう金属音。
炸裂する晶術の爆風が聖堂を次々と容赦なく荒らしてゆく。
男の鍛え抜かれた肉体から繰り出される数々の猛攻を掻い潜り、数の利を活かした連携によりダメージを重ねてゆくデュナミス兄弟。
……三人が戦闘を開始してどれくらい時間が経っただろうか。先に膝をついたのは、なんと男の方だった。

「どうだ……!思い知ったか……!!」

大きく肩で息をしながら、油断なく武器を構えるカイルとロニ。
二人と戦う前に受けたユカリとの戦闘による傷がなければ、恐らくは今頃二人はもの言わぬ肉塊となっていただろう。表面上取り繕ってはいたが、その実男が負わされていた傷は決して軽くはなかったのだ。

「クククッ……なるほど。油断して、礼を失したようだ。ならば、改めて敬意を払おう……ぉおおっ!!!!」

男が叫び戦斧を振るった途端、生み出された凄まじい衝撃波により二人は武器を吹き飛ばされてしまった。びしり、と聖堂の窓にまで伝わったそれによりガラスがひび割れる。

「く……っ!つ、強い……!」

「ちっくしょう、まだあんだけの力が残ってんのかよ……!!」

二人が武器を取り落としたことにより、勝利を確信した男は高笑いを上げる。じりじりと間合いを詰める、死を運ぶ男。二人はどうにか吹き飛ばされた武器を拾えないかと隙を必死に探るが、無論そんな隙はどこにも見当たらない。
二人の首をはねるのに最適な間合いまで、あと一歩。そこまで踏み込んだところで、どこからともなくきらりと光る短剣が空気を切り裂きながら飛んできたかと思うと、完全に意識を二人へと注いでいた男の左肩へと突き刺さった。

「ぐぁッ!?……き、貴様は……!?」

「受けとれ!カイル!!」

男がそちらへと注意を逸らしたと同時、その視線と交換するかのように吹き飛ばされていたはずの剣が宙を舞い、駆け出していたカイルの掌へと収まり……

「でやぁああああっ!!」

振り抜かれる渾身の一閃は、ついに男の肉体を深く切り裂いた。

「ぐぶっ……クク、我が餓えを満たす相手が、この世界にいようとはな……。我が名は、バルバトス=ゲーティア。カイル=デュナミス……その名、覚えておこう」

その言葉を最後に傷を庇いゆっくりと後退した男は、現れた時と同様・黒い空間へと姿を消していったのだった。


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