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夜空を纏う銀月の舞
始まりの前日譚2

――結論から言えば、その魔導書とされる書物は見付かった。
ただ、それは私が思い描いていたものとは大分違っていた。
私の認識でいえば、これは非常に私的なノートに過ぎない。
確かに、そういう魔術的な記述も多数書き込まれていたのだが、その内容の半分はとある少女の日記のようなものだ。
……ただ問題がある。

一つ・このノートに書き込まれている文字の大半が平仮名と漢字の連続……つまり日本語で書き込まれている事。

二つ・私が生前会得していた術式の派生と思われるものやそれそのものが多くある事。

三つ・これが一番大きな問題なのだが、記述されてる術式の中でも特に強力な術式の幾つかに、今となっては私だけが知る"彼女"……風護の巫女の奥義がある事。

……一体、このノートを遺した人物は何者なのだろうか。
恐らくこのほぼ私的なノートが魔導書といわれるのは、今のこの世界標準で使われている文字ではない日本語であった為に大半が解読不可能となっているからだろう。
まぁ、少女の微笑ましい日常も書かれているあたり、意図して日本語で書いたのもあるだろうが。日記は他人に読ませる物ではないし。
ただその部分は読み飛ばしても問題無いとして、何故、彼女は"巫術"を知っているのだ?それも巫女の禁術まで。
……正直な話、有り得ない。絶対とは言い切れずとも、ほぼ間違いなく有り得ない。
今の世にも、魔術的なものは晶術として存在している。だがそれは先の騒乱の後に発生した副産物であり、騒乱以前はソーディアンという兵器の極々限られた適合者しか使えなかった、"外部の力を引き出して起こす現象"だ。巫術のような"自身の内部の力を引き出して起こす現象"を扱うものとは根本的に違う。
それが何故、私が求めていた答えそのものが、ここに存在しているのだろうか。
一つ大きな問題が解決したと同時に、大きな疑問が数多く生まれてしまった事に思わず盛大なため息が出てしまった。

「…どうか、なさいましたか?」

部屋で一人、ノートを読み耽っていた私への差し入れと、フィリアさんが紅茶を持って来てくれたようだ。

「えぇ……まぁ。私はまだ、この世界の事を何も知らないのだな、と思って」

「――……まだ貴女は年幼いのです。知らない事も多くあるでしょう」

雰囲気が変わった……?とてもこの年齢で出せるものではありませんわ。

先程までの子供らしい雰囲気はどこにもない。目の前に座る人物が、急に自分と年の近い大人に見えた事にフィリアはどきりとした。

「…………」

それから数瞬、悩む素振りを見せた大人のような雰囲気を纏う少女は、やがて意を決したように口を開いた。

「フィリアさん、お願いがあります。もし可能であるならば、ここの蔵書を出来るだけ読ませていただけないでしょうか」

「え、えぇ……それは構いませんが……。しかしここは世界の全てが収まっていると言っても過言ではない知識の塔です。その数はとても一日二日で読みきれるものではありませんよ」

「寝泊まりする場所は、しばらくは神殿の近くにある宿を借ります。蓄えがいくらかありますし、幸い仕事もありそうですから、少し余裕が出来たら小屋を買って、そこから通う事にします。それにこれでも腕には少々覚えがありますから」

そう言って、少女はぽう、と指先に光を灯らせる。

……?晶術……?いえ、それにしては晶力の流れを感じない……?

まるで絵本の中の魔法のように少女の指先に宿る光は次々と色を変え、やがてぽんっと小さな音を立てて花が咲くように弾けて消える。

「こんな感じの"魔法"がありますし、晶術用のレンズだって持ち歩いてます。だてにこの身一つで旅はしてません」

可視化した巫力に色を灯して、線香花火のように見せる。指向性や属性を持たせる前の力を己の内から引き出すための基礎中の基礎訓練で、生前によくやっていたものだ。この程度なら暴走の不安はない。
あのノートを記した人物と友人であるというフィリアに向けて"巫術"と言うのも憚られた為、あえて"魔法"という言葉に置き換えた。私自身でもこの共通項の多さに戸惑っているのだ。深く詮索されても答えられない。

「…………そういえば、貴女はその年でお一人で旅をされていたのでしたね。魔物とは戦闘を?」

「ええ、まぁ数える程。殆どが船旅でしたので。どうしても回避出来ない時にだけ、ですが」

そう言って背負っていた刀を見せる。家に置いてあった無銘の骨董品だが、無用な戦闘を避ければそこそこ使用に耐えるものだ。

「刀……そういえばご出身は、確かアクアヴェイルの離島でしたね」

少女が刀を出し、フィリアが僅かに目を細めた時。ガタン、と部屋の隅で何かが倒れたような物音がした。

「……?」

少女と同じようにそちらへと視線を向けていたフィリアが正面に掛けていた椅子から立ち上がり、保管部屋に設置されているクローゼットから一振りの長刀を取り出してくる。

「これは?」

一目でわかる。これはただの刀じゃない。恐らくは何らかの霊具の類いだ。

「銘は"羽姫"……私の友人の形見の一つです。言っていませんでしたが、ここは彼女の遺品だけを収めた部屋なのです」

……成る程、式刀か。

触れると、この刀の主の力が残っていた。主な能力は条件召喚。他に付与されてる補助は……純粋な強度の上昇のみ。驚く程まっさらで真っ当な刀として使われていたらしい。黒漆の鞘から抜いてみれば、中々の業物だった。

「いい刀ですね。凄く、綺麗」

この刀からは、邪気の類いが一切感じ取れない。その代わりに読み取れたのは、優しさと覚悟。……そして、切なさがほんの僅かに。刀という殺戮兵器からは通常感じ得ないものばかりだ。遠い昔、自分を殺した"それ"とは対極に位置している。

「もし、よろしければですが……その刀を、使ってみませんか?」

「え?」

「私の勘違いかも知れませんが、貴女が触れた途端、喜んでいるような気がしました。それに先程の物音。どうやら"その子"が立てたみたいでした。まるで自分に気付いて欲しいとでも言うかのように、立て掛けていた場所で倒れていましたから」

私はそれに、運命めいたものを感じていました。
髪色や性格こそ違えど、彼女によく似ているこの娘が私と出逢った事。この場所へと訪れた事。きっと、ただの偶然ではないと思いました。
クレメンテに呼ばれたあの時の私と同じように、もしかしたら羽姫はこの娘をここへ呼んだのではないでしょうかと、そんな気さえするのです。
……もしかしたら私の願望かも知れませんが、それでもそう思わずにはいられません。ですから、

「それともう一つ提案があるのですが――


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