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夜空を纏う銀月の舞
動き出す5 流血アリ

大太刀を低く腰だめに構え、力強く地を蹴り真っ直ぐにユカリへと突進するサブノック。
その背後では、先ほどの猛獣が低く唸りをあげつつも力を溜めるようにして構えている。ともに突っ込んでくるものと思っていたユカリの予想に反し、猛獣はその場から動かない。

「せあアッ!」

猛獣に気を取られていた刹那、一気に間合いを詰めて来ていたサブノックの上段からの斬撃がユカリを襲う。
それを寸でのところでどうにか回避に成功したユカリはすかさず反撃の術を撃とうとして、慌てて再び回避行動に移る。
後方4メートル程の位置まで後退する中でその視界に捉えたのは、つい今まで自分が立っていた場所に無数の岩石の弾丸が降り注ぐ光景だった。

「ストーンザッパー……あの魔物、後衛タイプ!?」

それも主人であるサブノックの動きに合わせ、的確に、最良の間で晶術を放ってくる。
サブノック自身の隙の少なさも相まって、ユカリは反撃する間を見つけられずに回避に追われる破目に陥った。

(……く、サブノック一人でも相当な手練れっていうのに……!このままじゃラピスが死んじゃう。早くどうにかしなきゃ、どうにか!)

こうして攻めあぐねている間にも、彼女の体は緩やかに死への坂道を転がり始めている。
彼女がもし、ほんの僅かとはいえ急所を外していなければ即死は免れなかったであろう一撃。ユカリの未熟な治癒術でもまだ辛うじて命を繋いでいられるのは、偏に彼女自身の実力があってこそだった。
それを理解しているからこそ、ユカリに焦りが満ちる。焦りとともに、する必要のない後悔までもが生まれ始めてくる。
刺される前に術の一つでも撃って気をそらしておけば、観察などせずにまっすぐに加勢していれば。
そんな思いが手枷足枷となり、より一層ユカリの動きを、思考を鈍らせていく。

「どうした魔女よ、逃げてばかりでは勝負にならんぞ。それとも、逃げることが貴様の信念であるか?」

「うるさい。ラピスは助ける、あなたにも勝つ、わたしは守る、絶対に貫く!」

「なればその身でその剣で、我が信念を砕き証明して見せよ!」

言うが早いか、サブノックは一瞬低く構えると、そのままの姿勢でまっすぐにユカリへ向かい突進し始める。
無論そのまま棒立ちで斬られるのを待つユカリではない。
その構えと覇気に嫌な予感を覚え、間合いに入れまいとシルフィバレットを連射し迎撃しようとするが、これをサブノックの後方にて待機する魔物に晶術をぶつけられ軌道を逸らされてしまい直撃しない。
見る間に間合いを詰めたサブノック。
慌てて杖を振るい刀へと変じさせて風を纏わせ補強、迫り来る斬撃を全力で遮るユカリ。

「壱の太刀っ!」

「ぐぅっ!!」

分厚く纏わせた筈の空圧の防護を容易く切り裂き刀身へと到達したその横凪の一撃は、鋭く激しい金属音を伴いユカリの刀と激突、勢いそのままに彼女を大きく仰け反らせた。

「隙有り!」

そしてこれ以上はない大きな隙を見せたユカリへと、唐竹割の一閃がユカリの頭頂から股下までを一直線に切り裂――

「……っ、ゲイト!」

く直前、斜め後方数メートルの空中へと、仰け反らされ向かわされた視線の先そのままに空間移動、間一髪でその凶刃から逃れた。

「ちぃっ」

忌々しい、と呟く代わりに一つ短い舌打ちを鳴らしたサブノックは、移動した空中からふわりと着地するユカリをすぐさまに追い、再び剣をぶつけ合う。
幾度となく激しく激突する銀と銀、響き渡る金属音。時折巻き起こる術による爆風や熱波などにより、堅牢な筈であるハイデルベルグの城内は抉られ瓦礫が積まれてゆく。

――その中で、ある変化が起き始めていた。

絶え間なく交わる剣戟の中、ユカリの鈍っていた思考はサブノックの剣に刺激され再び少しずつ、少しずつ戦闘へと意識が向かってゆく。
余分な粗を削ぎ落していくように、切れ味の鈍った刃を研磨していくように。
そうしてそれは、徐々にではあるが明確にユカリの動きにもまた変化を与えていた。

心臓を串刺しにし背を突き破るような突きに刀をぶつけ、その破壊力を受け流しつつぐるりと回転・遠心力を乗せて深く踏み込んだ相手の首を横一文字に断つユカリの返し技・巻風。
これはクノンの紫桜流の技だが、しかしサブノックは己の身を小柄なユカリの腰よりも低く沈める事で回避。
一瞬だけ間に合わなかった黄金の獅子兜の一部を削ぎ落すだけに留まり、次いで振り下ろされた直上からの斬撃・さらに付随して刀より迸る八本の風の刃は横に大きく転がる事で間合いを取り、それぞれ弾きつつ避ける。
それに追い縋ろうとユカリが走り出せば、今度は魔物からの晶術がそれを阻み足止め。ユカリは嫌が応にもサブノックの態勢が整うのを待たされてしまうが、すぐにまた攻撃へと移行する。

――18年前の記憶を取り戻し、紫桜流の動きをフィオとの膨大な回数の手合わせで観ていたユカリは今、己の春霞の剣と二つの剣術を融合させつつあった。
しかし今はまだその途上、間違いなく達人といわれるであろう領域にあるサブノックに対して漸く手が届くようになるかどうか、といった段階だ。

(……あの小娘、間違いなくこの戦いの最中に成長している。一合、また一合と剣を交えるごとに鋭く、速くなっていく。厄介極まりない空間移動能力に加え強力な術、さらに剣術までこなすか……捨て置けば必ずや我が主の障害となる。確実に仕留めねば)

一部を斬り落とされ幾分か軽くなった獅子兜の下、その双眸にさらなる殺気が込められる。
主人の殺気に釣られるかのように、すぐ傍に侍る魔物もまたより一層の敵意を迸らせながら低く唸りをあげた。

対し、サブノックの殺気をまともに浴びつつも未だに苦戦を強いられるユカリは、どうすればあの剣士と魔物の連携を崩せるか思考を巡らせていた。

(よく訓練されている。一対一であればあの魔物自体の強さは大したことはない。けど、魔物の隙をうまく活用して私を誘導してくるサブノックとの連携に踊らされている。……あの魔物、基本的には後衛からは動いては来ないことを考えれば、もしかしたら)

試す価値はあるかもしれない。

思いついた作戦を実行に移すべく、ユカリは風の弾丸でサブノックをけん制しつつ、空間移動にて彼らの頭上へと高く飛んだ。

「――シルフィブレイド・オクト!」

空中にて刀を八度振りぬき、眼下の敵へと風の刃を走らせる。……が、これもやはり魔物には避けられ、サブノックには弾かれ円を描くように城の床に鋭い爪痕を刻む。
重力に引かれ体が落下する前に再び空間移動したユカリは、突進してきたサブノックの攻撃をいなし、防ぎつつ魔物の動きに注意しながら時に術での攻撃を加え応戦していく。
何度弾かれようが、回避されようが構わずに幾度も空中へと飛んでは敵の頭上から斬撃の雨を降らせ、着地し、また飛んで雨を降らせと繰り返していく。

それから数分。膠着しつつあった戦況に大きな変化が訪れた。

「……!いまっ!――急々如律令・風陣旋禍!!」

先程から不発に終わっていた空中からの風の刃の爪痕、いくつもの円を描いたその場所の中心に魔物が移動する瞬間。それを辛抱強く待っていたユカリの巫力を得た爪痕から突風が巻き起こり、全方向から一斉に無数の鎌鼬が魔物に殺到する。
突如巻き起こった突風に動きを封じられた魔物は、逃げ場を求める暇なくそのまま鎌鼬の餌食となって血飛沫を上げながら硬い床に倒れ伏した。

「オセ!……おのれ、策に嵌まったか……!」

ぴくりとも動かなくなった相棒に、これまでの殺気とは明らかに異なる怒りを宿すサブノック。

(これで連携は潰した。それに今まで淡々とした殺気だけをぶつけてきた目から冷静さが消えた。この隙に一気に押し切る)

「オォォォオオオオッ!!」

激しく雄たけびを上げながら向かってくるサブノックの強く重い一撃一撃を、その剣筋を観て冷静に躱し・逸らしていく。
先程までの攻撃とは明らかに質が違う、その攻撃。
今のサブノックの攻撃に殆ど計算は無い。
ただ相棒を葬った憎き仇を斬り捨てんと全ての斬撃に全力を乗せている為、粗く、大振りになり、ユカリを捉えることの出来ない苛立ちからさらに加速度的に乱雑になっていく。

「参ノ太刀ッ!!」

ずしり、と全体重を乗せた頭上からの振り下ろしの一閃。その刃がユカリの刀に触れた時、勝敗は決した。
刀に触れた一撃の力を利用し、自身の体を丸ごと水車の如く回転させつつ遠心力をも味方に付けた紫桜流の返し技・斬禍。
放たれたその一閃は、サブノックの分厚い鎧を砕き生身の背を大きく抉り切り裂いたのだ。

「グゥオッ……!む、……無念……」

床に伏したサブノックからは末期の言葉とともに、赤い泉が広がっていく。そして二度と起き上がることはなかった。
暫くそれを呆然と眺めていたユカリだが、やがて彼女もその場に崩れ座り込んでしまう。

(……”人を斬る”感触。……ふふ、あの子がいた時代には知っていたはずなのに、久々過ぎて怖くなっただなんて、ね。本当、私、彼に守られてたんだなぁ)

自嘲の笑みが浮かぶ。こんなものは今更なのに、一世代前のクノンとしての感覚が強いのか手が震えてしまう。
いや、今のユカリとしての人生でも人を斬った、殺めたことはこれまでになかった。そのせいもあるのだろう。

(呆けている場合じゃない。はやくリアラ達を呼ばなきゃラピスが危ない)

かぶりを振って人斬りの感覚を無理矢理に振り払う。

そうして通信術式を起動しつつ焼け石に水でもラピスに治癒術を、とそちらへと振り向くと、いつの間に到着していたのか。リアラとフィオの二人が既にラピスや傷付いた兵士達へと手分けして治癒術をかけており、カイル達男性陣は広間へと飛び込んでこようとする魔物と交戦していた。

「みんな!」

「そっちは片付いたのか。ならばさっさとこちらにも加勢しろ!兵士どもの治療は二人に任せておけば問題ない!」

返ってきた彼の声。ほんの数刻前の事が脳裏を過ったけれど、今はそれは置いておこう。

私は再び意識を戦闘へと切り替えると、仲間たちに加勢すべく走り出した。

2018/3/16

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