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真皇帝物語
9

「……そうね、確かにそう。でもね、アタシはやっぱりそっと背中を押したげるくらいにしとくべきだと思うのよ」

「んなまどろっこしいことやってたら、いつまでたっても先進まねぇだろうが。こないだの、お前も見てただろう。せっかくシアが無っ防備にうたた寝してたところにぼうずを誘導してやったってのに、あいつときたら寝顔みつめてただけでなんっにもしやがらなかったんだぞ」

「ああ…それはアタシもがっくりきたわねぇ…。獲物が隙を見せてたら襲いかかるくらいやっちゃいなさいってのよ」

「ったく、あの甲斐性無しが」

他の団員が外出した頃、『黒羽』の一角ではある種の家族会議が開催されていた。
ちっ、と毒づいて吐き捨てるマスターに、物憂げな表情で頬杖をつくアルベラ。彼らが真剣に論じているのは、会話の内容から推測できる通り可愛い新米の恋路についてである。
具体的にいえば、ヴィオの春をいかにして実らせるかということに尽きる訳だが、ここで考案される方法はたいして効果を発揮していない。もともと、最近任務に出ることの少ないマスターとアルベラの二人がなんとなく始めた会議であり、それぞれが好き勝手に意見を述べているに過ぎないので良策が生まれるとは考えづらいのだ。要は二人とも暇なのである。

「こりゃ今日も駄目だな。俺が気ぃ利かして二人っきりの時間作ってやったって、あんだけ硬派な野郎共じゃあセーシュンは遠いな」

「若い時間を無駄に垂れ流してるわよね。ああもったいない。朝帰りするくらいの気概見せなさいよね」

「おい、お前だってまだ若ぇだろうが」

「十代と二十代の間にはぶ厚い壁があんのよ。……アタシも年とったわよね…」

「やめろ。俺の立場はどうなる」

ヴィオを、またはシアを応援してやりたいというのは二人とも共通の想いなのだが、いかんせんくだを巻いているようにしか見えないのが珠に傷である。酒場という場所も相俟って、昼間から飲んだくれる職無しの図、というのがぴったり当て嵌まる。飲んだくれてはいないが。
この二人のようにあぶれ者が出るのは『秘匿の鍵』ではよくあることで、その顔ぶれはしばしば変動する。個々が非常に優秀なため、誰と誰が行動を共にしようとさほど効率に差が出ないというのが大きな理由だ。団の規模も小さく、何人かでまとまって動くこと自体、よほど大きな任務以外では皆無である。それから考えれば、二人一組での行動を義務付けられているヴィオ達はかなり特異といえるだろう。
今までとは逆の手で頬杖をつき直したアルベラは、窓の外に目を向けながら他人事のように告げる。

「…しっかし、団長も変な運勢よね。よくもまぁ次々と癖のある少年少女を拾うことだわ。我が姉ながら破天荒ねー」

「………お前が言うか?」

木製の丸テーブルに上半身を預けるアルベラとは対照的に、背もたれを余すことなく利用しているマスターは半ば呆れつつ語尾を上げた。姉が姉なら、弟も弟であると思うのだが。その外見もさることながら、団長に遅れをとることなくついていける行動力も十分破天荒だといえるだろう。思えば、シアを連れてきたのはアルベラなのではなかったか。
そこまで考えて、マスターはふと気になる事象を見つけた。なんとなくそれを口にしてみる。

「…なぁおい、お前、なんでシアを…」

その時、突如目の前で爆発音が響き、マスターは口をつぐむことを余儀なくされた。アルベラがくしゃみをしたのだ。

「……………おい」

咄嗟のことに反応できず、いくらか飛沫を浴びたマスターは半眼で声音に凄みを混ぜる。

「っはー。失礼、お日様見てたらなんかね。よくあるじゃない」

「ねぇよ。きったねぇな。しかもお前のくしゃみは心臓に悪い」

「よく言うわ。マスターの心臓なんて毛が生えてるに決まってるじゃない。…あら、今のでちょっと崩れたかしら…。部屋で直してくるわ」

そう言い残したアルベラは立ち上がり、いそいそと地下階へ降りていった。おそらく、次に会う時には化粧の厚みがほんのりと増していることだろう。
一人残されたマスターは、やっぱりあいつも癖が強いだろと胸中で呟いた。うっかり口に出そうものなら、恐ろしいほど性能のいい地獄耳にひっかかって面倒なことになる。
だがそう思った瞬間、俄かに苦笑が漏れる。そんな癖の強い連中に混じっている自分も、相当癖が強いのだろう。だいたい、『秘匿の鍵』自体が癖の塊みたいなものなのだ。奇人変人の枠に入れられるのは宿命である。
それから考えれば、シアはずいぶんと順応性が高い。ここに来てから数日しか経っていないのに、何不自由なく雇われ暮らしを続けている。周りは少しはみ出した人間ばかりだということも、たいした影響を与えてはいないようだ。なにせ、地下にある書斎でうたた寝をするぐらいである。
あの少年は一見突き放すような印象を受けるが、少し接してみれば非常に情が豊かであることが分かる。ただ、その表現方法が捻くれているだけなのだと。
気づくのにそう時間はかからなかったが、気づいてみるとこれがなかなか面白い。からかいやすく、反応も顕著なためについついいびりたくなってしまう。あまりやり過ぎるとヴィオから非難の目を向けられるが、若者いびりは年長者の特権である。やめてやるつもりは毛頭ない。

(ちっと気になることもあるしな)

シアの捻くれた感情表現。自身を無理矢理抑え込むようなその様子が、なんとも危なげで、脆そうに見える。若者特有の、剣身を掴むような危うさだ。
まるで、数年前のヴィオを見ているような。

(やっぱ、あいつも何かしら面倒を抱えてたりすんのかね)

たとえそうだったとしても、追及する気はない。そんな趣味はないし、それがうちの流儀だ。
だが、繋がりを持つ者として、家族として、少し気にかけてやるぐらいは、いいだろう。そして、できればヴィオに、心を許すようになってくれれば。
あれは、性情がまっすぐだ。そのまっすぐさにかき消されることなく、胸を張って生きることができるなら、脆さは揺るぎない強さに変わる。特に魔導士であるなら、それはまたとない力となる。
マスターはふと何かに気づいたように瞼を押し開いた。

「……そうすりゃ、俺らはもっと楽ができるってな」

誰にともなく告げて、言い訳を済ませる。なんだか柄にもないことをつらつらと考えていたような気がしたのだ。家族は確かに大事だが、自分はそこまで気を配ってやれるほど気前がよくはない。そういうのはイザロや団長の仕事だ。
マスターは上体を起こすと、膝に手をついて立ち上がった。今日はどうせすることがないので、久々に店を開くのだ。
手慣れた様子で開店の準備を進める。普段は金銭に関する思考が大半を占めるマスターだが、先ほどまでその中に宿していた想いは、実は全団員共通のものなのだと気づくには、少しだけ時間が足りなかった。


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