真皇帝物語 8 扉に向かって歩き出したラストルを、悲痛に満ちた声が引き止める。 「待っ…て…!」 必死の声だった。 少年は身体が鉛のようなのにも拘わらず、上半身を無理矢理起こしてラストルを止めようと手を伸ばしている。 そんなことをされては、ラストルはそばに戻らない訳にはいかなかった。 「無茶だよ…! いきなりそんな風に身体を動かしたら…」 言い終わる前に、少年の身体がふっと弛緩する。支えを失った上半身は、どさりとシーツの上に倒れ込んだ。 小さく呻いた少年は、少々荒くなった呼吸を繰り返す。 その姿を見て痛ましげに眉を寄せたラストルは、近寄って汗ばんだ額を撫でた。 「無理をしないでおくれ。君が苦しそうだと、私は笑っていてはあげられない」 「はぁ…っ……っはぁ……だって…ラス…トルが…行ってしまったら…僕は…」 「また来るから」 そう言ってラストルは宥めるように少年の頭を優しく叩く。何度か繰り返してやれば、徐々に呼吸が落ち着きを取り戻した。 「大丈夫。私は必ずここに来るよ。だから安心しておやすみ」 最後に頭をひと撫でし、ラストルは穏やかに微笑んだ。 再び去ろうとするその背に、弱々しい声がかかる。 「…絶対に…いなくなったりしないで…」 ラストルは振り向き、首肯する。 「約束しよう。……では、御前を失礼します、陛下」 扉の閉まる音とともに、ラストルの姿はその向こうへと消えていった。 一人残された少年は、肌掛けを被って大きく息をつく。肺に流れ込んできた空気は些か熱を帯びていたが、身体に活力を与えてくれるようで心地がよかった。 タリオスが臥している今、ここを訪れてくれるのはラストルだけになってしまった。 世話をしてくれる者は何人もいるが、ラストル達のように『自分』を見てくれる訳ではない。自分のもつ称号があるから、それに仕えているだけ。 そんな無味乾燥な関わりが嫌で、少年は自ら世話係達に仕事を控えさせている。 (二大魔導壁だけだ…僕を本当に支えてくれるのは) そばにあって、心の底から気遣ってくれる。その支えがあるからこそ、自分はこの場所にいられる。 国を守る、この場所に。 「……ねぇ…ラストル…」 少年は感情の読めない声音で呟いた。 「僕は……頑張っているだろう…? だから…」 こんなに頑張っているのだから。 ねぇ、それなら。 もしもの時は、守ってくれるよね―――? [*前へ][次へ#] [戻る] |