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真皇帝物語
7

まだ昼にも届かないというのに、その部屋はとても薄暗かった。一世帯が暮らせてしまうような奇妙な広さのある室内は、まるで光を嫌うかのように照明を絶っている。
質の良い壁に大きくとられた窓にはカーテンが備えられているが、閉めきった状態のそれは外から射し込もうとする陽光を可能な限り遮断している。本来ならば、夏の昼前に窓を閉めきったこの部屋はうだるような熱気に包まれるはずだが、暑くもなければ冷えもしない、快適な室温が保たれている。
しかし、それでもどこか気怠い空気の漂う部屋に、コツコツと乾いた音が響き渡る。

「…入りますよ」

穏やかな男の声とともに、部屋の扉が開いた。
現れた長身の影は扉をそっと閉め直すと、外気を遮断して久しい部屋の空気を感じ、わずかに目を細める。目尻にしわが刻まれ、男の顔を一層柔和なものにしていった。
肩を竦めて軽く息をついた男――ラストルは、向かって右奥のベッドへと足を進めた。そこの脇に置いてある椅子を引き寄せ、腰を落ち着ける。
質素だが気品漂う天蓋の下で、緩やかに胸を上下させる少年。その姿を見て、ラストルは慈しむような微笑を浮かべた。

「…ご無沙汰していたね。その後、身体の調子はどうだい」

少年はもぞりと身じろぎ、首をラストルのいる側へと向ける。そんな些細な動作でさえ、ひどく億劫そうだった。

「……ラ…ストル…? …戻ってきたんだね…!」

喜色の滲んだ少年の声に、ラストルはしっかりと頷きを返した。

「うん。帰参の報が遅れてすまなかったね。私がいない間は本家の方もてんてこ舞いだったものだから」

苦笑しながら告げると、少年は緩慢に首を振る。

「…いいや、君が無事戻ってきてくれただけで十分だよ。……ということは、タリオスも…」

「ああ、無事だよ。私が囚われている間に、『秘匿の鍵』の方々とミフェイルが助けてくれた。あとはタリオスが回復すれば、二大魔導壁は再興する。もう少しの辛抱だから…」

病人にするように、少年の白い手を優しく握り込む。ひんやりとしたその感触に、ラストルは気遣わしげな表情を向けた。

「…寒くはないかい。術が効き過ぎているんじゃ…」

「…大丈夫。寒くないよ。……ただ、ちょっと外の空気が吸いたいかな」

「なら、窓を開けていこう。この部屋の空気はこもってしまっているからね」

思考を挟まずに返したラストルに、少年は落胆した素振りをみせる。

「……外に出してはもらえないんだね……」

「この暑さの中で君を外へ出したら、私は国中から叱られてしまうよ。私も今日は溶けそうで…」

「……今日は、暑いのかい…?」

何とはなしに少年が素朴な質問をする。その問いを受けて、ラストルは一瞬動きを止めた。
この子は、今日の気温すら分からないのだ。
部屋から出ることもできず、ただ息をして、何も、何一つ変わらない日々を眺めていくだけ。不自由のないようにと、部屋にかけておいた術でさえ、気温の変化を殺してしまっていた。
ゆっくりとまばたきをして、ラストルはつい先日のことを思い出す。
自分もゼルカ本邸の地下牢にいるときは、外の時間が分からなかった。太陽の光も、風も感じることなく、不変の日常が無為に過ぎていく。
なにもかもが整えられたこの部屋は、この子にとって牢獄にも等しいのかもしれない。

「…どうしたんだいラストル。…なんだか…悲しそうな顔だよ。僕は君の優しい笑顔が好きだな」

弱々しく、屈託のない笑みを見せる。ラストルは一度瞑目し、再び目尻にしわを刻んだ。

「喜んでもらえるなら、私はいつでも笑っているよ。へらへらするなと煩いやつも、今は屋敷で寝込んでいることだし」

「タリオスが聞いたら怒るよ…。…それにしても、『秘匿の鍵』かぁ…。…はは、さすがはセレディアの子だね。ミフェイルもやることが大胆になってきたよ。……また、逢えるかな?」

「ミフェイルなら喜んで逢いにくるとも。…そうだ、今度皆でピクニックに行きたいと言っていたな。せっかくだから君も一緒に来るといいよ」

瞬間、少年の目に期待するような輝きが満ちた。

「え、じゃあ…」

「もちろん、元気になってからね」

一気に落ち込んだ少年の姿を見て苦笑したラストルは、ゆっくりと立ち上がって窓辺へと移動した。
厚手のカーテンを開ければ、暗がりには眩しいと感じるほどの光が射し込んでくる。窓を開けるのは少々躊躇われたが、閉め切っておくのも身体に悪い。
思い切って開け放ってみれば、熱気がどっと押し寄せる。だが、少なくとも澱みのない新鮮な空気だった。

「…しばらくは開けておくよ。空気の入れ換えが済む頃に、誰かに閉めてもらうよう頼んでおくから。じゃあ、そろそろ私は行くね」


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