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真皇帝物語
6
開き直っているというよりは、これがマスターの素に近い。おそらく適当な人格の構成をしているのだろうと、最近シアは思うことにしている。

「まぁ、より多くの仕事をこなすのも経験のうちだ。マスターの賭博はともかく、依頼は受けてこいよ。当然、こいつも連れてな」

こいつ、とヴィオの肩に手を乗せたイザロが笑みかける。仕事時の濃色のローブに代わって比較的軽い出で立ちをしており、深緑の髪は朝だからなのか、寝癖らしきもので飾られている。あまり外見には頓着しない性格のようだ。普段彼がじゃらじゃらと身につけている装飾品は、あくまで魔導を補助するための魔導用品に過ぎない。
しかし、その装飾品自体にも統制がみられず、色彩や大きさの均整も良いとはいえない。そのおおざっぱな性状は、確実にヴィオに影響を及ぼしている。
そんなことを考えながらヴィオに視線を注いでいたシアだが、それに気づいたヴィオが視線を合わせると不意打ちを受けたかのように一瞬固まる。

「……ん、なんだよシア。俺の顔、なんか変か?」

怪訝に尋ねられ、硬直から立ち戻ったシアは慌てて首を振った。

「そっか。この後どーせ仕事行くんだし、お前もしっかり食っとけよ」

「あ、ああ……そう、だな…」

歯切れの悪い応えを返し、ぎこちない動きで首肯する。シアの足元でハムの塊を貪っていた蒼竜は、その様子を見てそっと息をついた。

「…なんだ、ぼうずはもっと肉付きのいい方が好みってか」

「な……っ!」

マスターが飛ばした冗談ならぬ冗談に、陰りのさしていたシアの表情が一変する。いきなり何を言い出すのかこの道楽男は。

「き、貴様、ふざけるのも大概に…っ」

反射的に精一杯の虚勢を張ってはみるものの、朱に染まった顔ではなんの効果もない。からかいがいのあるそれは、むしろマスターを助長したに過ぎなかった。

「なんだよ、俺ぁ大真面目だぜ? 特にお前は細っこいし、抱き心地ってのは大事だと思うがな」

ニヤつく口許から発された衝撃的な言葉で、シアの許容量はたやすく限界を超えた。動きは完全に停止し、俯き加減の脳天からは立ち上る湯気が見えそうだ。
身体中の血と熱が集約したその顔を下から覗き込み、蒼竜はゆらゆらと諦めたように首を振った。こんな調子では、いつになったら進展がみられるやら。本人達はともかくとして、周りがやきもきさせられることこの上ない。
一部それを楽しんでいる風がみられるが、一概に悪影響とも言い切れなさそうなので放っておくべきか。
こちらとしては、シアが他の人間と関係を持つのは喜ばしいことなのだ。それがどんな形であれ、役に立つ時は必ず来る。幸い、ヴィオからは今のところ不穏因子を一切感じないので、推奨してやっても別段構わないのだ。表裏のない性状は、シアが信を置くにも適しているだろう。ただ、少々時間は必要なようだが。
とりあえず真っ赤に茹で上がった顔を冷やしてやろうかと翼を広げた蒼竜だが、意外な言葉を耳にしてその動きを止めた。

「…わざわざ肉付きよくする必要なんかねーよ」

少々ふて腐れた様子でヴィオが呟いた。その台詞から何かを感じ取ったのか、席についていた全員がヴィオに注目する。シアだけは固まったままだったが、瞳がわずかに動いたのを見ると意識だけはなんとかそちらに向いているようである。
どこかを意味もなくみつめるような目線でヴィオは続ける。

「シアはシアだろ。そのままがいい。でも、もしちょっと太ろうが痩せようが、俺は……」

はっきりと口にしたのはそこまでで、それ以降は口の中でもごもごと濁す。だが、無駄に勘の良い団員達はその後に続くであろう言葉がだいたい想像がつき、それぞれの性格の出た反応を示した。
アルベラは好奇に目を輝かせて口許に手を沿え、イザロはなんとも慈愛溢れる表情でヴィオをみつめる。マスターに至っては、身体を折り曲げて肩を震わせていた。
その中で、蒼竜だけは密かに、しかし特大のため息をつく。
ヴィオの欠点を挙げてみるとすれば、それは時期をことごとく外してくれることだろうか。この後、シアを連れて仕事に出るのではないのか。
完全に茹だって登り詰めてしまったシアを元に戻す苦労を思い、蒼竜は力なく翼を垂れた。



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あきゅろす。
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