真皇帝物語
4
しかし、その分かりづらい気遣いに、気づけるようになれたらと、思う。
「……そうだな。………寂しいんだ」
「…寂しい、か」
その言葉を噛み締めるように繰り返した蒼竜の表情が一瞬、ひどく苦々しいものになる。だが、俯き加減で記憶をたどっているシアがそれに気づくことはなかった。
「すごく心が冷たくて、堪らなくなる。気づいた時にはもう、勝手に涙が流れているんだ。……夢を見て泣くなんて、子供のようだとも思うがな」
「実際子供であろう」
「………………」
至極当然のことのようにすぱんと返され、シアは複雑な面持ちで押し黙った。
そりゃあ、長命な蒼竜に比べれば、まだまだ未熟どころか赤子にすら満たないだろうが、そこまではっきりと言い切らなくてもいいではないか。
人間は十七にもなれば、一応はもう立派な大人と認められるのだ。自分はそこから更に一つ歳を重ねているのだから、いい加減子供と呼ばれる謂れはないはずだが。
言いたいことが顔に出ていたのか、蒼竜が勝ち誇ったように告げる。
「お前はまだまだ若輩よ。子供は子供らしく、年嵩の者にしたがっておけ」
「…その年嵩の者に意見を聞いておこう」
「うむ、殊勝なことは賢明だな。とりあえず陰鬱な夢のことは捨て置き、部屋を出てみたらどうだ。他の者共も起き出してくる頃であろう」
蒼竜は首をくいと動かし、窓のある方へと向ける。シアもそれに倣うと、窓にかけられた古い布きれの隙間から燦々と光が射し込んできていることに気づく。
「…そうだな。いつまでも薄暗くては、どうにも気が滅入る」
「我はこの薄闇がちょうど心地良いが」
「…それはお前の話だろう。私は明るい方が過ごしやすい」
軽口を返し、シアは機敏な動作で腰を上げた。次いで何かを探すように足元を見回す。
しかし、目当ての物が見当たらないのか、怪訝に唸って首を捻る。
「…なぁレイガ、私の…」
言いながら蒼竜に視線を向けた矢先、シアの目が物言いたげに細められる。
蒼竜の下敷きになっている、その布。くしゃくしゃとしわだらけになっているが、どうも見覚えがあるような。
「……畳んで置いておいたのに…」
それは、どう見ても自分の衣だった。
そういえば、我も相応の寝床が欲しいなどとぼやいてはいたが、まさかそれを使われるとは。
一度小さく嘆息すると、シアはしゃがみ込んで蒼竜の寝床もどきを引っ張った。しかしそこの主人は一切動こうとはせず、不機嫌そうに唸って抵抗する。
「……どいてくれ。着替えたいんだ」
「我がしつらえた寝床だ。壊す気か」
「……………」
話が通じない。
半目になったシアは、強行手段に出ることにした。
蒼竜の身体を持ちあげると案の定、衣も一緒についてくる。それを持ってベッドの上で数回振れば、余計なものは小さな呻き声と共にぼてっと落ちていった。
仰向けに転がり、だらしなく広がった翼を下敷きにした蒼竜は、恨みがましく呟く。
「貴様……覚えておれ」
「寝ていたいのならベッドを使っていいから、許せ。朝食をとりたいなら話は別だが」
「ぬぅ………」
衣を奪還し終え、一息ついたシアはふと動きを止めた。衣を腕にかけたまま、思いついたようにベッド脇の机まで足を運ぶ。
無数の細かい傷が入った古い木の上には、瑞々しい輝きを放つ指輪が置いてあった。先日、ワイース公爵からお礼にと贈られたものだ。
聞けば、対となる指輪を持つ者との繋がりを維持し、守護するものだという。
黄金の中に白銀を感じるそれを、シアは人差し指にしっかりと嵌め込んだ。寝る時は違和感が気になってしまうため外しているが、それ以外は常に身につけるようにしている。蒼竜がそう薦めてくるからというのもあるが、なんとなく身につけていたいとも思うのだ。
自分のものと対となる指輪も、持ち主の指に嵌められていることだろう。
「何をしている? 朝餉にありつくのではなかったのか」
蒼竜の声を背中に受け、シアは軽く頷いて返事を返した。
「ああ。……そういえば、おはよう、レイガ」
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