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真皇帝物語
3
シアが尋ねると、竜は余裕を含んだ表情で斜に構える。

「このレイゼノーガ、多少過ぎた力を使った程度で揺らぎはせん。お前が気にかけるようなことなどあろうはずもない」

なんとも不遜で無駄なまでに自信に満ちた応えを受け、シアは僅かに目許を和ませた。蒼竜に力を使わせるのはずいぶん久方ぶりのことだったので少々気掛かりではあったのだが、どうやら要らぬ心配だったようだ。
魔導士である自分が激情を抑えられなくなると、それに呼応して魔法が際限を失い、見境なく暴走し始める。蒼竜は常にそれを収めようと尽力し、必要とあらば自身と心を同調させて平静を取り戻させてくれる。先の先見の神具騒動の際も、タリオスの魔力の暴走に呑まれていた自分を引き戻し、事態の悪化を防いだ。
しかし、蒼竜は元来そのような特殊な力を持つ訳ではなく、幻獣たる者の膨大な魔力を使って無理矢理実行しているに過ぎない。故に、心を同調させた後はその反動が大きいのだ。
蒼竜に力を使わせてしまったことは、ゼルカ別邸での件以前にも何度かあった。その中で一度だけ、何故と訊いてみたことがある。
何故そうまでして、自分の暴走を止めようとするのかと。
力を使って疲労困憊だった蒼竜は、不機嫌そうに額にしわを寄せて言った。
―――……我は、喧騒は好かん。
今思えば、いかにも蒼竜らしい理由だ。
人知を超えた存在である蒼竜には、基本的に人間の道徳というものは通用せず、暴走した魔法によって誰がどれほど傷つこうとも頓着しない。無関係の人々を巻き込むのを良しとしないがために暴走を未然に防ぐ、という人間常識的な考えは、蒼竜の性状には当てはまらないのだ。
とはいえ、蒼竜が単に冷酷なだけではないことも、シアは知っている。

「それで、どうかしたのか。目覚めて早々ため息とは、よい兆候とは思えんが」

尻尾で床をぴしりと打ちながら、蒼竜が見上げてくる。身体の色と対照的な透き通った紅い瞳に、シアは苦笑を返した。聞こえてしまっていたのか。

「……夢を見たんだ」

「夢、か。それはどのような」

訊かれて、シアは表情を曇らせた。思い返すと、胸が重くなる。夢だというのに、いやに鮮明に覚えているのだ。
特に今日は、部屋の細部まで思い描くことができる。日に日に夢の記憶が刻み込まれていくようだ。

「…私は、王座に座っていた。とても広い部屋の中で、ずっとひとりで。私はそれが…」

寂しかった。どうしようもないほどに。
言い差し、シアは思い直して言うのをやめた。

「…妙な夢なんだ。ゼルカ公の暴走があった時から、毎日見ている」

毎朝毎朝、重たいものだけが胸に残る。一人きりで、王座について。
誰一人として、会いにきてくれることはなくて。

「私は、夢の中では王になるようだ。…おかしな話だな。私が王などと」

「………それだけか?」

じっと話を聞いていた蒼竜が、ぽつりと口を開いた。
質問の意味が分からなくて、シアは胡乱にみつめ返す。

「一人で王座についていた。それだけで、お前は泣いていたのか」

「……見て、いたのか」

シアは少しく瞠目した。見ていたのなら、言ってくれればよかったものを。
紅瞳を深く煌めかせて、蒼竜は言を継ぐ。

「なにも、今日だけに限ったことではない。お前はこのところ、毎日のように泣いている。我が気づかぬとでも思ったか」

シアは諦めたように息をついた。どうやらすべて見透かされているようだ。
出会った時から、蒼竜にはかなわない。隠しごとは通用せず、言葉を偽ることもしない。時に鋭い刃を心に突き刺してくることもある。

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