真皇帝物語 2 ◇ 広い、広い王座の間。 突き抜けるように高い天井と、そこへまっすぐ伸びる長大な壁。壁の大部分を構成する、美しい細工の硝子。それを通して、仄かに色づいた光が大理石へと落ちる。 ――美しい場所だが、好きにはなれない。 部屋の最奥に三段ほどの段差。高台になった場所の中央に一つだけ、椅子が佇む。 そこに座って前面に視線を投げれば、遠く離れた入口に、壁の半分を超える高さの扉。屈強な兵士が四人掛かりでやっと開く巨大な扉は、滅多に閉じられることはない。閉じなくていいと、配下の者に伝えてある。 見渡す限り、王座の間には誰もいない。自分以外は皆、己の仕事を果たしている。この部屋に用がある者などいない。 この広大な部屋を、いつも独り占め。儀式の時以外は、人の出入りがない。謁見を求めてくる者もいない。 この広大な部屋で、いつも独りぼっち。 寂しくないとは言わない。寂しくないはずがないではないか。こんな広い部屋に、たった一人で。 誰とも話せず、誰にも会わず。 少しだけ開けておいた扉から、誰かが入ってきてはくれまいかと、叶うはずのない願望を抱いて。飽きることなく、配下の者に毎度同じ命を下す。 でも、分かっている。 これは、自分が望んだこと。全ては、自分の意思によるもの。 自分で決めたから、この道を歩むのだ。 胸の内に、冥い感情を押し込んで。 だからなのだろうか。 包み込むような心地の王座は、どうしても冷たく感じるのだ。 * ゆっくりと、重い瞼をこじ開ける。 濡れたこめかみが外気に触れて、まだ虚ろな頭に冷感が届いた。それによって意識がはっきりしてくる。 ベッドの上でのそりと起き上がったシアは、小さく嘆息して目許からこめかみにかけてを拭った。手首に冷たい感触が伝わり、その瑠璃の双眸をついと細める。 あの日以来、奇妙な夢を何度も見るようになった。 ゼルカ公別邸での、魔力の暴走。あれはおそらく、ゼルカ公の『器』が壊れてしまった故に生じたものだろう。なぜそのような事態になったのかは知らないが、その時に重たい感情が胸中に植えつけられたのだ。 「………ふぅ…」 言いようのない胸の痛みに再び息を吐き出す。このような心細さなど、とうの昔に忘れたと思っていたのに。 理由も分からず、心が冷たくなる。目が覚めると多少薄らいでいくが、残った感情の深さから夢の中では相当に強い想いを抱えていたのだと、朧げながらも感じ入ってしまう。 「……どうかしたのか」 豊かに響く威厳のある声を聞き、虚空に注いでいた視線を下に振る。 焦げたような深みのある色合いの木の床に、くしゃくしゃと具合良さそうにまとめられた布。声の主は、その布の上に腹ばいになっていた。 「…起こしたか?」 「いや、我は既に目覚めていた。早朝の静寂を嗜んでいたに過ぎん」 いささか機嫌良さそうに応えを返したのは、全身を鱗に覆われた、大きな翼持つ生き物。竜である。 直立するのに適した四肢を持つその身体は、直立してもシアの膝丈ほどしかなく、身体より長く細い尻尾は腹ばいになった竜の胴に沿うように緩やかに弧を描いている。皮膚を覆う濃色の鱗は暗い青か鮮やかな紺か。広げれば身体と同等になる立派な翼は、その内側に澄み切った蒼穹を宿している。 その翼の色からか、人間からは俗に蒼竜、との呼び名を持つ。 「今朝は早いんだな。…もう、身体は大丈夫なのか?」 [*前へ][次へ#] [戻る] |