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真皇帝物語
2

男は苛ついていた。
そろそろ交代の時間のはずだが、誰も外に出てくる気配がない。大方、キャラバン隊から奪った物資で宴会でも開いているのだろう。自分が見張りに精を出しているというのに、なんと理不尽なことか。
憎悪を込めてギリ…と歯を食いしばるが、頭の命令は絶対だ。見張りを勝手に中断して戻ろうものなら、明日がない。
とはいえ、酒や食べ物の誘惑は強い。あと数分経っても誰も来なかったら、どうにかして中に戻ろうと男は決心した。
と、その時。

「……誰だぁ?」

暗がりから人影が出てくるのを認め、誰何の声を飛ばす。帝国兵かと一瞬警戒するも、こんな所をうろついているはずがないと思い直す。
ゆっくりと近づいてくる人影の姿が月明かりに晒された瞬間、男は思わず息を飲んだ。
美しい。どこまでも美しい。今まで目にしてきたどんな女よりも美しい。
とにかく美しいという感想しか浮かばなかった。あまりの美しさにまともな思考が出来なくなったからというのもあるが、この男の知性では多彩な表現が不可能だったというのもまぁ、ある。
艶やかな赤い髪が月光を反射し、くっきりとした明暗がしなやかな輪郭を際立たせる。恐らく豊かなのであろう胸の前で組まれた両腕は半分ほどが衣服に隠れているものの、恥じらうように覗く白い細腕がなまじ目の毒である。
一瞬で魅了されてしまった男は、目の前に突如現れた『美女』が誰なのか、何故一人でこんな場所にいるのか、それらの至極当然の疑問を持つことなく、恍惚状態に陥ったかのように『美女』を見つめていた。
当の『美女』は、妖艶な雰囲気を漂わせたまま更に男との距離を縮め、だらしなく下がっている顎にそっと触れると、天使か何かのようににっこりと微笑んだ。

「何見てんだよ」




廃墟の正面口の方がなにやら騒がしくなってきたのを聞きつけ、少年は一人ほくそ笑む。

「これで雑魚はみんなあっち…っと」

鼻歌でも歌うような調子で建物の裏から軽々忍び込むと、念のために通路を見渡してみる。
天井が所々崩れて月明かりが差し込む通路は、暗いなりにも以外と見通しが良く、楽に確認をすることが出来た。

(うわ、ホントに誰もいねー…数人くらい見張りが残ってても良さそうなもんなのに)

どうやらアルベラの陽動が絶大な効果を発揮したらしい。やはり所詮は野盗、たいした考えもなしに動いているようだ。このままいけば、記念すべき初任務は無事に完遂することができるだろう。
野盗の頭目を、一人で討つ。
それが今回、少年に課せられた仕事だった。

「さってと。猿山の大将はどこに………いた」

わざわざ探すまでもなく、あっさりと見つかった。背中に大剣を背負った体格の良い大男がのしのしとこちらに近づいてくる。依頼の内容通りの風貌だ。

「……出てくんの早過ぎだって。大将ってのはやっぱ一番奥の椅子にどっかり腰降ろして葉巻でもくわえながら待ってるのが似合うと思うぜ」

言いながら少年は剣の柄に手をかけた。通路が狭いからというのもあるが、目の前の男から発せられる威圧感が凄まじい。油断していると一撃で真っ二つだ。
その様子を目にした頭目は構えることもせず、僅かに口端を吊り上げた。

「…なかなかやるみてぇだな、ぼうず」

「つれないおっさんだな。俺のジョーク無視かよ」

どこか緊張感に欠ける台詞とは裏腹に、少年は全身に緩く力を込めた。いつでも反応できるようにとの配慮だ。

「…なぁおっさん、一つ聞いていい?」

頭目は返事をせず、無言のままだった。それを勝手に肯定と受け取った少年は質問を続ける。

「正面口の方が陽動だってなんで分かったの。野生の勘?」

少し間を置いて頭目が口を開いた。

「俺はもともと軍にいた人間でなぁ。陽動行軍は何度も経験があんだよ」

「…そうなんだ」

素っ気ない返事をした少年は内心でマジかよと呟く。
初の任務でいきなり元軍人と刃を交えるハメになるとは、運がない。相手が百戦錬磨ともなれば、さすがに無傷では済まないだろう。下手をすればここで命を落とすことにもなりかねない。
どうしたものかと渋っていると、頭目の方から声をかけられる。

「どうした。俺を倒しにきたんだろう?」

多少の侮りが含まれた言葉に、少年は心なしかむっとして言い返す。

「おっさんこそどうしたんだよ。…剣、抜かねーの?」

すると頭目は更に口許を緩ませ、ついには低く笑声を洩らし始めた。
その間も少年は柄から手を離さず、視線は真っ直ぐに頭目の許へと注ぐ。


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あきゅろす。
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