真皇帝物語
初任務
*
空気の澄んだ夜だ。
気温は夏のそれだが、ひんやりとした風があるためにさほど暑くは感じない。湿度も気にならないし、今宵は心地良い眠りにつけるだろう。
目の前に、いかにも悪党が好みそうな廃墟が無ければ。
「………はー…」
「……ちょっとボーヤ、なによそのため息。仕事中なんだからもうちょっとやる気出しなさい」
茂みに身を隠した二人組がひそひそと言葉を交わす。
ため息をついたのは、 十代の半ばかそれ以上かといった少年。肩が剥き出しの動きやすそうな軽い出で立ちに、腰に巻いた細帯には長剣を佩いている。風にそよぐ短めの髪は夜空のような藍色で、その下には見るからにやる気のなさそうな表情が浮かぶ。
一方、その少年に小言を飛ばしたのは、二十過ぎほどの美しい女性…ではなく、声音と胸の膨らみがないことから青年だと分かる。少年の簡素な衣服と比べると非常に華美な服装をしており、燃えるような赤い長髪を結い上げるための髪留めや首環、右腕に巻きついた布片などからセンスの良さが窺える。色白の肌や魅惑的な眼差しは、下手な女性より色気があると言えるだろう。
少年はそんな美女もとい青年に視線を移し、だってさーと言を継ぐ。
「何が悲しくてこんな気持ちのいい夜に野盗退治なんてしなきゃなんないの。帰っていい夢見よーぜ。これ俺の第一希望」
「却下。ここまで来といて帰るなんてごめんよ。だいたい、これボーヤの初仕事でしょ。ハナからそんなんでどうするのよ」
痛いところを突かれた少年はうっ、と身を引いたが、めげずに更なる抵抗を試みる。
「じゃあ第二希望。俺は…」
「却下」
「……まだなんも言ってないけど」
「第何希望だろうと却下。いい加減腹括んなさいよ。男のくせにぶちぶちと女々しいわね」
「…アルベラさんに言われたくねーよ」
女々しいとまで言われてさすがに頭にきたのか、ぶすくれた表情で少年はそっぽを向く。
アルベラと呼ばれた青年はそれを気にする様子もなく、ふん、と斜に構えて少年を促す。
「ほら、そろそろ行くわよ。アタシのバックアップを受けといてしくじったらただじゃ済まないからね」
「…参考までに何されんの」
「やーね、アタシは何もしないわ。お仕置きは団長が…」
「うっし! やるぜ俺は。困ってる人を助けるのが俺達の仕事だもんな」
何故か途端にやる気を出し始めた少年は指を鳴らしたり肩を回したりと気合い十分だが、目だけは泳いでいる。
そんな彼を横目でちらと見たアルベラは意地の悪い笑みを浮かべると、胸の前で拳と掌を打ち合わせた。
「さ、攻略開始よ」
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