真皇帝物語 20 「…上手いものだな」 蒼竜がぽつりと口を開く。その呟きを聞きつけたシアは首を傾げた。 「上手い? 何がだ、レイガ」 「あの魔導士、そこの娘を気遣ったのだろう。親しき者と違えるというのは、気分のいいものではないからな」 「そう…なのか」 イザロの言動を思い返し、確かにそうだと感じたシアは内心で舌を巻いた。 屋敷の中でのワイース嬢は、やはり気負っていたのか表情が固かった。イザロは素早く彼女の心中を察し、それを和らげてみせたのだ。いや、実際和らげたのはヴィオかもしれないが、ヴィオを経由して間接的に気分を軽くしたことで、ワイース嬢にこちらが気を遣ったと悟らせないようにしている。 更に、今後しばらくヴィオと共に行動させることで、空気が重くなることはまずなくなる。現在もワイース嬢の表情を無意識に崩しており、人の内を照らすにはうってつけだ。戦闘における便宜上の都合もあったのだろうが、イザロが下したのは非常にいい判断だ。 「……………」 ズキ、と、胸の奥に鈍痛が生じる。 自分にも、あのように優れた判断力があったなら。 もし、冷静に状況をみつめて、正しい選択をすることができたなら。 自分が立っているこの場所は、全く異なるものだっただろう。 そこまで考えて、シアは頭をひとつ振る。『もし』だなんて、なんの意味も無いことだ。なにより現実を見据えずしてどうやっていい判断ができる。馬鹿か、自分は。 「……い、おい、シア」 思考の海から帰ったシアは、目の前に突如現れた怪訝そうな面に思わず身を引いた。 「なっ、なんだ。いきなり話しかけるな」 「さっきからずっと呼んでたんだって。元気ねーみてーだけど、まだ気持ちわりーのか? あれか、実は病弱でしたとかいう…」 「そんなわけあるか! 体調は万全だ。さっさと行くぞ」 「少し休んでから行きませんか? 幸いここは安全なようですし、成人した殿方でも、転移術が苦手な方は大勢いらっしゃいます。危険な依頼をしてしまいましたし、ご無理をなされない方が…」 非常に丁寧で気の配られた言葉だったが、シアは少し落ち込んだ。まさか女性に心配されるとは。 「…心遣い感謝するが、私なら問題はない。ミフェイル殿こそ、我々から決して離れぬよう」 「…ありがとうございます」 「頼もしーな。でも無理はすんなよ。ミフェイル様に加えてお前一人くらいなら俺が護ってやるから」 「誰がお前に護られてやるか。お前こそ敵陣に突っ込んでいって泣いて帰ってきても知らんぞ」 「お、心配してくれんの二回目だな」 「…お…お前は…っ」 朱に染まったシアが何か言い返そうとした時、くすくすという笑声が響いた。 「ふふふふ…」 口許に手を当てて、ワイース嬢が笑っている。やいのやいのと言い争っていた二人は、彼女に視線を移した。 肩を震わせながらも、ワイース嬢はなんとか詫びる。 「…ご、ごめんなさい……お二人は、とても仲がおよろしいのですね…ふふふ…」 「ああ、まーな。なんたって心の友だし」 「だからっ…それはやめろと……もういい、行くぞ!」 照れ隠しにシアは素早く踵を返し、同時に足元の蒼竜を拾っていく。 「おおぅっ、貴様いきなり何をするか」 聞く耳を持たないシアは、ばたばたと暴れる蒼竜を黙殺してつかつかと歩いていった。 その時にはもう、彼の心から鬱屈したものが吹き飛んでいた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |