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真皇帝物語
17

男は照明に手首を透かすようにして、うっとりと微笑んだ。

「…ああ……」

―――美しい。
この手環は美しい私の手にあってこそ、より美しい。
大ぶりの星霜石を繋いでいるのは幻獣の体毛か何かか? 手首から伝わる魔力の波動のなんと心地良い、そして力強いことか。
それにしても。

「…フフフフ」

男は愉悦に顔を歪ませる。
婚礼の儀にて捕らえた、ワイースの娘の表情。今まで信を寄せていた者に裏切られたと気づいた時の、あのなんともいえぬ絶望の色。思い出すだけで笑いが零れてしまう。
それもそうだ。私は今まで、ワイースの許に真の義をもって尽くしてきたのだから。
ふと、部屋の扉を叩く音が聞こえた。次いで扉が開くと、そこから現れた色鮮やかな紅鉄の重鎧を纏う兵士が一礼する。

「失礼します。本邸の残留兵より伝達が入りました」

「なんだ、言ってみろ」

「本邸に賊が侵入したとのことです」

ぴくりと、男の眉が不快そうに跳ね上がった。

「賊だと…? ふん、本邸には何もないというのに愚かなやつだ。だが汚らわしいことに変わりない。とっとと始末させろ。逃がすなよ」

「はっ…」

了解の礼を取った兵士は、何故か部屋を出ていこうとはしなかった。
眉をひそめた男は、いささか不機嫌な声を出す。

「なんだ、まだ何かあるのか。用件は一度で済ませろ」

「…はっ、申し訳ありません。タリオス様、無礼を承知でお尋ねします。……今度の件、何故にこのような荒事に乗り出されたのです。タリオス様は、あんなにもワイース公爵をお慕いしていらっしゃったではありませんか」

兵士の言葉に感情がこもる。普段は主人の命を黙々とこなす兵士達であるが、自らの意から遠く離れた命には、背くことはなくても疑問に思うことはあるのだ。

「ワイース公爵とて、タリオス様を親なる方として捉え、心から信頼なさっていたように感じます。ご息女のミフェイル様も、タリオス様に嘘偽りのない笑顔を向けておいででした」

タリオスは兵士の言葉を聞いているのかいないのか、気にとめる様子もなくハンカチを取り出して先見のブレスレットを磨き始めた。

「タリオス様…!」

反応を示さない主に焦れたのか、兵士は語調を強めて呼びかける。
タリオスはハンカチを動かす手を止めぬまま、兵士に向き直った。


「―――だから?」


真顔で聞き返され、兵士は一瞬言われたことが理解できずに呆然とした。

「タリオス…様? だから、とは…」

ゼルカ公は淡々と言い放つ。

「だから、なんだというのだ? 私とワイースは信頼し合っていた。共に古来からのしきたりや伝統を受け継ぎ、守ってきた。だからなんだ? ミフェイル嬢とも懇意にし、かの娘は私を実の父と同じように慕っていた。『だからなんだというのだ』? 私が先見のブレスレットを欲したことと、それらのこととは何一つ関係あるまい?」

兵士は目の前の人物が信じられなかった。
この男は何を言っている。自分が忠誠を誓った、気さくで、優しさと厳しさを合わせ持ち、人間味に溢れたゼルカ公タリオスはどこへ。

「あなたには…っ、情というものが無いのですか……?」

からからに乾いた口で、兵士はやっとそれだけ告げた。
タリオスは大仰に頷く。

「おお、もちろんあるとも。おかげで今、私はお前を部屋から追い出したくてたまらない。さぁ、私の怒りを買う前にとっとと失せろ。我が魔導の洗礼を受けたいか」

タリオスの目が険呑な光を放つ。空気中に漂う魔力が集約し、公の纏う衣装をゆったりとはためかせた。
危険を察知した兵士は、働きの鈍くなった頭でどうすればいいか思案し、部屋を出て扉を閉めることに成功した。退室の礼などする余裕もなかった。
一人残されたゼルカ公は、魔力を四散させると再びハンカチを動かし始めた。
心から信頼し合っていた友を裏切ったというのに、罪悪感の欠片も感じず、それが何故なのかも考えない。
自分自身に起きている明らかな異変に気づくことなく、ゼルカ公はうっとりと右腕に嵌まったブレスレットをみつめた。

「…ああ……これで…」

私は王になれる―――。


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