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真皇帝物語
16

「ゼルカ公爵?」

「はい」

イザロが聞き返すと、清楚なドレスに身を包んだ少女は神妙な面持ちで頷いた。
ワイース邸の使用人に呼び出された三人は、談話室へと場所を移していた。先ほどの来賓室よりも一回り程度広く、壁一面を構成する大きな窓からは中庭が見える。趣味のいい絨毯や細やかな細工の施された調度品が立ち並ぶ暖炉を脇にして、ソファーに座った三人は依頼人であるワイース家ご令嬢と向き合っていた。

「ゼルカ公タリオスは、私を…いえ、私の父をも罠に嵌めたのです。公は親族の婚礼の儀を利用して、私に先見の依頼を申し込んできました」

「その依頼をお受けになられたのですか?」

慣れた口調でイザロが問う。その様子をシアがじっくりとみつめる中、ワイース嬢は再び頷きを返す。

「我がワイースとゼルカの間には、深い繋がりがあります。もとより、未来ある夫婦への祝福のための先見とあらば、私は力を惜しむことなどありません」

「罠に嵌めた、とは?」

膝上に行儀良く置かれた少女の手が握り拳をつくった。心なしかまだ幼さの残る顔にも、悲哀と怒りがない混ぜになったような表情が浮かぶ。

「…つい先の週、私は父と共に依頼に沿ってゼルカ公の屋敷に参りました。私達以外にも招待された方は大勢おり、儀式も正常に執り行われていたために私達は何の疑いもなく出席し、祝辞を述べさせて頂きました。そして儀式が終了する直前、私は契りを結んだ夫婦と共に会場を出て、古来より使用されている先見の間へと移りました。そこで私は……待ち伏せていたゼルカの兵に身柄を拘束されたのです」

イザロは怪訝に眉をひそめる。

「ワイース公のご息女ともあろう貴方が拘束? 護衛の兵や公爵はどうなさっていたのですか」

「先見の間は神聖な場所。先見を行うワイースの者とそれを受理する者以外は侵してはならないという律があります。ゼルカ公は…代々守られてきた律を破ったばかりか、己の欲に駆られてなんの罪もない夫婦を巻き込み、ワイース家に伝わる神器を私から奪い取ったのです。それが…」

ワイース嬢は左手の拳を緩め、右手首をやんわりとさすった。察したイザロは言葉を引き継ぐ。

「先見のブレスレット、ということですか…」

ワイース嬢はゆっくりと首肯した。

「儀式が全て終了した後に解放された私は当然、父に全てを話し、ゼルカ公タリオスを言及しました。ですが、彼の者は知らぬ存ぜぬの一点張りで、まともに取り合うつもりがありません。それに飽き足らず、なんとか証拠を押さえようと奔走する父を、あろうことかゼルカの名を汚す者として投獄したのです…っ」

ワイース嬢は悲痛に声を揺らし、肩を微かに震わせて俯く。その拍子に艶やかな黒髪が一房滑り落ちた。

「投獄…?」

ぽつりと口を開いたシアが注目を集める。

「見たところ、ワイース殿は相当な上級貴族とみえるが、そのように簡単に投獄されてしまうものなのだろうか?」

顔を上げた少女は、力無く首を振って答えた。

「どんなに家名が高くとも、裁定者でもあるゼルカ公に独裁権を行使されてはどうにもなりません」

「裁定者? 何なんだそっっ! ………〜〜っ」

無作法に質問しかけたヴィオの脇腹にイザロの肘鉄が食い込む。言葉を跳ねさせて息を詰めたヴィオは、負傷した箇所を押さえて撃沈した。

(お前はしゃべるなと言っておいただろうが)

(…………だからって力込め過ぎだろ…)

目線で会話した二人の脇で、シアがそっと息をついた。一連のやり取りを目撃して目を丸くしている令嬢に一言詫びる。

「失礼、礼儀を知らないもので」

「あ…い、いえ。お気になさらないで。裁定者とは、セファンザの秩序を司る特別な役職のことです。一般にはあまり知られていないので、ヴィオ様が疑問に思われるのも無理はありません。彼らは法の全てを熟知しており、国内組織を監視、是正するのが彼らの役目。他の役職…例えば軍の指揮官や司教様、元老院議員とは一線を画していて、階級に囚われることなく皇帝陛下以外の全ての人間を裁くことができます。そして、裁定者のもつ独裁権とは、自らの判断のみで人を裁くことができる絶対の権利」

「馬鹿な……そのような横暴がまかり通るのか」

信じられないといった様子で語調を強めるシアに、ワイース嬢は少し視線を下げて同意した。

「ええ…ですから当然、裁定者が不当に下した裁断は無条件に撤回させることができます。それが可能なのは皇帝陛下のみなのですが…」

ワイース嬢は視線を彷徨わせて言い澱んだ。理由を尋ねようとしたシアだが、そこへイザロが割って入る。

「ともかく、我々の任はゼルカ公の屋敷へ忍び込み、公の不正の証である先見のブレスレットを奪還すること。これでよろしいですか」

「………はい。明日を見通すと言われるあのブレスレットさえあれば、例え十分な証拠とならずとも私の力で公の罪を暴くことができます」

いたって真剣な表情で話を聞いていたイザロは、見る者を安心させるような朗らかな笑顔を浮かべた。

「分かりました。この依頼、慎んでお引き受け致します」

「……ありがとうございます。ゼルカ公爵は今、本邸から離れた別邸に移っています。そこにはゼルカの私兵が集められているとの情報もあるため、どうか十分にお気をつけて…」

「お心遣いに感謝します。必ずや、先見のブレスレットを取り戻して参りましょう。行くぞ、お前達」

イザロを筆頭に部屋を後にしようとした三人の背中を、ワイース嬢はどこか不安げにみつめていた。薄い唇を引き結んで迷うように俯いた後、突然弾かれるようにして立ち上がる。

「あのっ…!」

呼び止められた三人は揃って振り返った。

「はい、なんでしょう?」

イザロが穏やかに問いかける。
一斉に自分へと向けられた視線に戸惑いつつも、ワイース嬢は首を振ってそれを振り切り、毅然とした態度で告げた。

「…騙すような真似をしてすみません。今回の依頼に、私も同行します」



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あきゅろす。
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