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真皇帝物語
15

「…お、また唄ってるな」

「…唄っている…のか。何故急に?」

シアが問うと、イザロは軽く肩を竦めた。

「さぁな。でもこいつは初めて会った時も唄ってたから、歌が好きなんだろう」

「俺もちょくちょく唄ってるとこ見かけるぜ。きれーな声だよな」

ヴィオの言葉を聞きつけ、蒼鳥の纏う雰囲気が険を帯びる。だが、シアはそれに気づくことなくヴィオに同意した。

「綺麗…か。確かにそうだな」

純白の翼がそよ風を起こし、翡翠の尾が気まぐれに軌跡を描く。それらは美しい高音と調和して、見る者に気品や優雅さを感じさせるものだった。
『ピアルが唄う意味』を知りさえしなければ。

(……調整したか…)

蒼鳥は心中で呟く。あれは、ただ戯れに唄っているのではない。
“活”と“静”、双方どちらかに強く偏る精霊の中には、この世に生を受けてからある役割を持つものが存在する。ピアルはその中の一種なのだ。
自分の力が及ぶ範囲の、気の均衡を保つ。
ピアルは唄うことによってその役割を果たしている。唄って自らの“活”の気を高め、周囲の強い“静”の気を抑制するのだ。現在のピアルの行動は、自らが生じさせた恐怖という強い“静”の気を抑えるためのものといえる。もともとの性質が“活”に偏っているだけに、一度“静”の気を発してしまえば、普段は抑制されているものが強い反動を生み出す。
ピアルが唄うということは、その空間の均衡が崩れかけていたという警告の報でもあるのだ。
そして今回、その原因となったのは一人の少年。

(…少し気にかけておくか)

今のところ実害はないようだが、獣精とヴィオ本人の話によればこのような例は過去にもあったという。今まではたまたま運が良かったという線も捨て切れないため、多少留意しておく必要があるだろう。

(…とはいえ面倒だな。なぜ我一人が気を揉まなければならないのだ)

密かに渋面をつくった蒼鳥は短く息をついた。別に均衡を保つ義務はないし、そんな力もない。例え均衡が崩れたとしても、幻獣たる蒼鳥にはさしたる害はないのだ。
しかし、そうだとしても。

(…こやつを捨ておく訳にはいかんからな)

すっと、隣に視線を流す。獣精の様に見とれているのか、普段は無愛想で可愛いげのない顔に若干の好奇が見てとれた。
視線を感じたのか、シアは首を少し動かして蒼鳥に目を向ける。

「なんだレイガ」

「見ていただけだ。気にするな」

「………? そうか」

特に気にする様子もなく、再び獣精に視線を戻す。その横顔を、蒼鳥はしばしみつめていた。




陰気な扉の前で、一人の女が唸っていた。
喧騒から離れた路地裏。日射の少ない薄汚れた石畳。そして扉の脇には申し訳程度の自己主張、『黒羽』の文字。
長く癖のない栗色の髪を揺らめかせ、ユニスは扉の前を右往左往していた。それはまるで檻に捕われた獣のようだ。
彼女は大きな茶色の包みを抱えている。ちょうど買い出しから帰ってきたのだろう。

「うー…入れない…でも入らなきゃ…」

そう言いつつ同じ場所をぐるぐると回る。このまま放っておけば、少なくとも四半刻は回っているだろう。
と、不意に陰気な扉が開いた。

「うわあぁっ!」

驚いたユニスは悲鳴をあげつつも、素早い身のこなしで飛びのいた。
が、詰めが甘く、包みを落とすまいとして両手が塞がっていたためにバランスを崩して倒れそうになる。

「わわわわっ…」

「おっと…」

倒れる! と思った瞬間、誰かに二の腕辺りを掴まれた。
おかげでなんとか堪えたユニスは、少々傾いた体勢のまま礼を告げる。

「あ…ありがとマスター」

「まったく、騒がしいぞうちの前で。ほらよっと」

腕を引かれ、ユニスは正常な体勢に戻る。

「ふーっ…危うく中身がぐちゃぐちゃになるとこだった。もーマスターが急に出てくるから」

マスター、と呼ばれた男はもともと渋味のある顔で渋面をつくった。

「お前がいつまでもうろちょろしてんのが悪い。どうせその中身、ほとんどケーキだろう。さっさと冷やさないと腐るぞ」

「それができないからうろちょろしてたんだよ。あたしがケーキ切らしちゃったから絶対団長怒ってる……うわぁ…」

自分の発言に衝撃を受けたのか、ユニスの顔から血の気が引いていった。これから起こるであろうことをつい予想してしまったのだろう。
だが、その予想はいとも簡単に外れた。

「ああ、団長なら今出てんぞ」

「え、うそ、ほんと? やたっ、命拾った!」

「そのかわり」

重厚な雰囲気をもって告げられた言葉で、高揚しかけたユニスの気分が一気に下がった。

「…そのかわり…?」

「団長からの言づてだ。『用具』持ってゼルカ公のお家で遊んでろだとよ」

「ゼルカ公…って例のどろどろ屋敷じゃん! あたし行かなくてもよかったはずでしょ?」

「誰かさんが大っ好きなケーキ切らしたせいで気が変わったんだろうなぁ」

「……………。行くよ行きます。行けばいいんでしょ。分かってるよあたしだってそれくらい」

「素直なこって。んじゃま、頑張ってこいよ」

栗色の頭をぽんと叩いた男は、ひらひらと手を振りつつ薄汚れた階段を上っていく。

「マスターはどこ行くの?」

「ちっと打ってくる」

「また博打? お店はどうす……あっ、もしかしてここに来たのって…」

「知らなくていいこともこの世には存在してるもんだ。覚えときな嬢ちゃん」

じゃあな、と短く告げると、少し歩みを早めた男はそそくさと立ち去る。
哀愁漂うその背中に向けて、ユニスはせめてもの憤りをぶつけるほかなかった。

「ドロボーッ! 店のお金返せぇ〜っ」


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あきゅろす。
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