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真皇帝物語
6
シアに視線を向けた蒼竜は思わず言葉を途切れさせた。
シアの様子がおかしい。いつの間にか胸元を握りしめた手は関節が白くなるまで力がこもり、俯き加減で虚空をみつめる瞳は畏怖のようなものに彩られている。

「おい、どうしたのだ。何をそんなに怯えている」

呼びかけにも応じようとしない。聞こえていないのか。
その時、シアが震える声で言葉を発する。

「わた…しは……私…は…っ」

「………!」

蒼竜は瞠目した。これはもしや。
瞬時に何かを察し、冷気を収めてシアに近づく。真っ直ぐ見上げれば、シアはなんとか視線を合わせてきた。

「落ち着け、ティオガルシア。自分を見失うな。気をしっかりもつのだ」

「…レイ…ガ……俺…は…」

シアの口調が変化する。同時に、室内に溜まった冷気が微かにそよいだ。

「俺は…諸悪の根源…なのか…?」

その言葉を聞いて、静観にまわっていた団長とアルベラがぴくりと反応する。
その二人に背を向けていた蒼竜は知る由もなく、シアを宥めようと言葉をかけ続けた。

「惑わされるな。お前はお前の生きたいように生きていればそれでよい。決して己を否定するな」

「でも俺は……」

「お前が気に病む必要はない。心を鎮めよ。己を強く持つのだ」

シアの心に蒼竜の言葉は届いているようだが、その瞳は未だ不安げに揺らいでいる。胸中で膨れ上がる思念が溢れ出しているかのようだ。
それでも蒼竜は諦めず、再度名前を呼んだ。

「ティオガルシア…!」

一際強い呼びかけに、シアは一瞬顔を歪めた。

「―――違う」

その場の空気を切り裂くように、力強くはっきりとした声が響く。
声の主はシアの肩を掴んで振り向かせると、揺るぎない口調で告げた。

「シア、お前は諸悪の根源なんかじゃねーよ。俺が保証してやる」

ヴィオだった。
不意打ちを喰らったようにシアは唖然とするが、徐々に言葉の意味が浸透してくる。
やがて、恐る恐るといった体で問いかけた。

「俺に……責はないのか?」

「あるわけねーだろそんなもん。俺はお前が悪いなんてこれっぽっちも思ってない。俺はお前に助けられた。それで十分だ」

「…俺は、罪を背負わなくていいのか…?」

「馬鹿言うなよ。背負うも何も、罪なんてハナからないっての。保証するって言ったろ、お前は悪くない」

おそらく何の根拠もない適当な保証だったが、それによってシアは少しく安堵した。鬱屈していたものが、ヴィオの自信と言葉によって軽くなっていくようだ。
力強い紫苑の瞳はシアを射抜くが、それは鋭く冷たいものではなく、熱く激しい情をはらんでいる。今まで静かな怒りに燃えていたらしい。
その怒りの矛先は、団長とアルベラの双方に向けられる。

「アルベラさん、どういうことだよ。俺こんな話聞いてねーぞ」

「話したら絶対邪魔したでしょ? 現に今だって思いきり反抗してるじゃない」

「当たり前だ! こんなの納得できるかよ。団長も団長だ、今回ばっかりは素直に従えねーぜ」

キッと睨みつけられた団長は、尊大な態度で尋ねた。

「…あら、私に刃向かう気かしら」

ヴィオは迷わず即答する。

「その通りだ!」

さすがに躊躇いゼロの即答は予想外だったらしく、団長は僅かに目を見開いた。しかし、数拍もしないうちに再び薄い笑みをつくる。

「…いい度胸ね。でも分かってるだろうけど、私はただじゃ動かない。創業当時からある規則も曲げられない。あなたはこれらの問題をどう処理するつもりなの」

問われたヴィオは、しばらく考え込むそぶりを見せた。だがそれはたった数秒ほどで崩される。
「…俺が全部引き受ける。俺がここを辞めれば、シアが任務を邪魔したことにはならねーし、規則を曲げる必要もなくなる。もともと、任務に失敗したのは俺なんだ。これで問題ねーよな」

さすがにそれは憚られると思ったシアだが、有無を言わさぬヴィオの口調に口出しができない。
団長は顔から一切の表情を削ぎ落とし、静かに問いかける。

「……それがどういうことなのか、分かっているの?」

「分かってる」

決意は揺らがない。
団長はしばらくヴィオをみつめていたが、やがてそっと息をついた。

「…いいわ、聞き入れてあげる。でもね、この私が直々に面倒みてあげたあなたをポイする訳にはいかないの。私の貴重な努力が無駄になるなんてあってはならないことよ。だから…」

団長は仰々しく腕を伸ばし、指を二本突き出した。

「ヴィオ、ティオガルシア。あなた達二人を、『秘匿の鍵』の正式な団員として認めるわ」


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あきゅろす。
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