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真皇帝物語
2
その小鳥の正体はもちろん蒼竜である。
普段の姿では非常に目立つ上、人間の一生のうちで会える確率はほぼ底辺なため、人の多い場所では無駄に騒ぎが起こる。静寂を愛する蒼竜がそれを良しとするはずもなく、人目を引かぬようその身に特殊な術を施すのだ。
蒼竜によれば、べつに小鳥に変化するための術ではなく、人間の目を欺くための術らしい。竜族がそれを使用する場合、たまたま小鳥に変化するのだそうだ。

「お前、ずっとその姿でいれば? 誰かの肩にとまってれば、竜の時みたいに飛んで移動する必要ねーだろ」

「馬鹿を言うな。我はそのような真似はせん。怠惰の極みではないか」

べつにそこまで言うこともないと思ったが、蒼竜の言い分ももっともなのでヴィオは肩を竦めるだけにしておいた。

「無駄話は終わったかしら? 入るわよ」

先陣を切ったアルベラが扉を開ける。中からはほのかな果実酒の香りと、木造の床や家具特有の温かな匂いが漏れ出る。焦げ茶の床を照らすのは、天井に吊り下げられた照明の暖色の光。
入り口の印象とは随分異なる内部の雰囲気に、シアは少なからず驚いて微かに目を見開いた。

「どーだ? 意外といいアジトだろ」

小声で尋ねてくるヴィオにも咄嗟に頷く。頷いた後でやけに素直に応えてしまったことに気づき、ばつが悪そうに軽く俯いた。

「ただいまーっ、誰かいるー?」

アルベラが奥に向かって呼びかけると、どこかから「おおーっ」という声がした。少し嬉しいような、心底安堵したような響きが含まれている。

「……下か?」

声の聞こえた方角をシアが正確に聞き当てる。案の定、奥の柱脇にある階段から忙しない足音が届いた。
そこから現れた人物はアルベラの姿を確認すると、助かったと言わんばかりの安心しきった表情で駆け寄ってきた。

「おかえりーっ。良かった帰ってきてくれて」

「そりゃ帰ってくるわよ家みたいなもんなんだから。で、その様子だとまた虫の居所が悪いみたいね」

「そうなんだよー、あたしじゃもう全然ダメで……って、その子誰? また新しい依頼人さん?」

シアに視線を向けた女性は腰に手を当てて身体を折り曲げ、見知らぬ人物をよく見ようと顔を近づけた。その拍子に肩にかかった長い栗色の髪が落ちて揺れる。
シアが思わず後退ったのを見て体勢を元に戻すと、女性は屈託のない笑顔を浮かべた。

「おっと、ごめんごめん。初対面なのに驚かせちゃったかな。あたしはユニス。一応ここで傭兵団やらせてもらってるんだ」

人懐こく微笑む彼女はアルベラとさほど歳が変わらないように見えた。飾り気のない服装はまるでヴィオだが、腰に巻いた幅広のベルトが活発そうな印象を与える。癖のない髪は腰ほどまであり、彼女の動きに合わせて微かに揺れている。


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