真皇帝物語
10
精悍な顔を緩めてにやりと笑う。
ちゃっかりしているなと思いはしたが、対する少年はぐうの音も出なかった。これで不本意ながらも恩が出来てしまった。一応返さなければ筋が通らない。
一時複雑な表情を湛えるも観念したように軽く息をつくと、小さいがはっきりとした声で告げた。
「………ティオガルシア」
「………は？」
ぽかんとした表情で聞き返され、眉間にしわを刻みつつも今一度ゆっくりと強調しつつ発音する。
「…ティオガルシア、だ。名前、知りたかったのだろう」
そう言ってしばらくは相手から反応が無かった。先ほどのぽかんとした滑稽な面のまま、何度か目をしばたたかせる。
「それ、お前の名前？」
「だからそうだと言っている」
「……なっげぇ。レイガより全然長ぇじゃん。俺お前のことどうやって呼べばいいんだよ」
ティオガルシアなる少年は眉間のしわをひとつ増やした。
「名前を教えたのだからそれで呼べばいいだろう。何を訳の分からんことを言っている」
「いちいちティオガルシア、なんて呼んでられねーよ。じゃあお前今日からシアな」
突然名前を変えられた少年は目を剥いた。なんだそれは。何故いきなりそんな名前がいったいどこから。
「お…おい、ちょっと待て。私はそんなこと認めて…」
「いいだろ、シア。短くて呼びやすい。ティオじゃ俺とかぶるし」
「なんだその理由は。かぶるというのならお前の名前を教えてみろ」
言った後で少年はしまったと思った。気づいた頃にはもう遅く、目の前に案の定得意げな顔。しかも嬉しそうなのが腹立たしい。
「お、やっと聞いてくれたな。そーかそーか、そんなに知りたいか俺の名前」
「いらん。知りたくない。お前は『お前』で十分だ」
「まぁそう言うなって。よーく聞いとけよ？」
念を押しつつ、軽く咳払いして喉を湿す。
「俺はヴィオだ。ヴィオ・アルクト。短くていい名前だろ」
「…ヴィオ・アルクト？」
「おう。呼ぶ時はヴィオでいいぜ」
少年――シアはしばらく言葉の意味を咀嚼するかのように思案していたが、やがて再び仏頂面を浮かべた。
「…私の名とどこがかぶっている。全然違うだろう」
「『ティオ』の部分がそっくりじゃん。紛らわしいからお前はシア」
と、そこへなにやら思案に暮れていた様子だった蒼竜が戻ってきた。
「ふむ、なかなか建設的なことを言うではないか小僧。我もこやつの長たらしい名前にはいささか苦労させられていたところだ」
「……初耳だぞレイガ」
「今初めて告げたのだから当たり前であろう、シアよ」
「…………………」
もはや頭痛がしてきたシアだ。なんだろう、さっきからやたらと調子が狂う。というより、自分はもうシアで決定なのか。
「おー、やっぱお前もそう思うかー。さすが幻獣、色々と分かってるな」
「当たり前だ。何を今更。もっと褒めて敬うがいいぞ」
何やら意気投合した様子のヴィオと蒼竜に頭痛が激しさを増す。特に蒼竜にはなんだか裏切られた気分だ。
「はいはーい、ちょっと聞いて愉快な仲間達」
「誰が！」
不意にあがった呑気な声に満場一致で抗議するが、声の主は動じることなく続けた。
「とりあえず任務が終わったからアタシとボーヤは帰るんだけど、そこの二人…っていうか片方一匹？」
「二人で構わん。動物扱いするな」
「じゃあそこの二人、一緒についてきてもらうわよ」
さらりと告げられた台詞に二人は危うく流されそうになったが、すんでのところで台詞の違和感に気づいた。
「待て。何故私達がついていかなければならん」
「我らは忙しいのだ。貴様らに付き合っている暇などない」
シアは賢明にも蒼竜の言い草に文句を言うことはなかった。
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