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真皇帝物語
9
禁呪、というその一言で場の空気が張り詰める。それを発動させようとしたと思しき少年は、一人首を傾げていた。

「禁呪? 俺そんなもん使えねーぞ。使えんのは湧源術だけ。しかも弱ぇやつ」

「湧源術…だと…?」

全く信じていない様子の蒼竜は、翼を大きく広げて威嚇するようだ。もしくはその翼で隣の少年を護ろうとしているのかもしれない。
湧源術とは、治癒魔法の一種である。自らの生命力を増幅させて体外に溢れさせる術のことをさし、治療を目的に使用される。治癒魔法としての能力は高く、使用者に条件が揃えば死に瀕した者をも蘇らせるという。しかしこれを扱えるものは滅多におらず、帝国が管理している魔導士の中には存在していない。
そして禁呪とは、その名の通り禁じられている魔法をさす。その理由は様々で、使用の際に過度な危険を伴うものや、術によって使役する精霊の命を奪うもの、外道の法と呼ばれる自然の理に反するものなどが挙げられる。こちらも扱える者はごく稀だが、禁呪の中には魔力を少しでも持ってさえいれば使用できるものも存在する。しかしそれには特殊な準備や長々とした呪言の詠唱が必要で、使用する前に帝国兵に探知されるために発動できることはまずない。
湧源術は魔法としては珍しいものの、禁呪に分類されるものでは決してない。使用する魔力が禁呪と似通っているはずはないのだが。

「…なぁ、そんなに信用できねーか?」

「できるはずがなかろう。我の魔力識別を甘くみるな」

「…レイガがそう言うならば、私はそれを信じる。こいつの識別は正確だ」

完全に疑われている。さてどうしたものか。
少年はしばしの逡巡の後、ふと思いついて自らの身体を眺め回した。左の二の腕辺りにささやかな切り傷を見つけ、それを確認させるように蒼竜達の方へ向ける。

「ちょっと見てろ」

右手をかざし、大気中に漂う魔力を取り込むと、掌から淡い碧の光が放たれる。

「なっ……貴様何を…!」

蒼竜が言い終わるころには、傷は跡形もなく消えていた。それを見た一人と一匹は絶句する。

「な? 大丈夫だろ?」

得意げに笑みかけると、今度はお前の番とばかりに立ち上がって目の前の少年に近づいた。もう一度しゃがみ、傷ついた肩へと手を伸ばす。

「ま…待て。この傷は…」

慌てて止めようとする少年だが、徐々に痛みが薄れていくのを感じて目を瞠った。隣の蒼竜も同様だ。
肩から手が離れていくと、痛みは完全に消えていた。

「治っ…た…?」

よほど驚いたのか、未だ信じられないといった様子で呆然と呟く。

「もう痛くねーだろ。お礼はお前の名前でいいぜ」


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あきゅろす。
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