真皇帝物語
8
本人的には前者のつもりなのだろうが、傍目には後者にしか見えない。実際蒼竜の機嫌は斜め下へ一直線降下中だ。
内容は物騒だが若干微笑ましくもあるやり取りを続けているせいか、不遜な態度を崩さず冷徹な印象があった少年も、今や親しみ易さ全開である。実は結構いいやつだったりするのだろうか。
「…なぁ、名前は?」
思わず口にしたその一言で壮絶な舌戦がぴたりと止んだ。凍りづけと吹雪で生き埋めにするのとではどちらがより良い報復になるか、というところまで発展していた論争は幸いなことに幕を閉じる。
しかし、質問に答えたのは少年ではなく蒼竜の方だった。
「ほぉ、我が名を知りたいのか。ならば冥土の土産として教えておいてやらんこともないぞ。よいか、我が名は…」
「レイガ、だろ。お前のはさっき聞いたっての」
「違う。我が名はそのような簡素で薄っぺらい名前ではない」
踏ん反り返っていた蒼竜は眉間…いや、眉はないので額にしわを寄せて否定する。器用なことができるものだ、と少年は密かに感心した。
「ん、じゃあなんて言うんだよ」
「ふっふっふ。心して聞け。我が名はレイゼノーガ。この名を聞けたこと、幸運に思うがいい」
得意満面の蒼竜は、自分から名乗りたがっていたのだからたいして幸運でもないだろう、という隣からの呟きを見事に無視した。
「ふーん…じゃあレイガってのはなんだ?」
「それはこやつが勝手に我をそう呼んでいるだけだ」
こやつ、と四本ある爪のうち三本を折り曲げて隣の少年を指し示す。表情が妙に豊かな蒼竜だが、もしかしたら手先も器用なのかもしれない。
指された少年は若干不服そうな表情をつくるが、こちらは基本的に無表情なようでその変化が少々分かりづらい。
「いちいちレイゼノーガと呼んでいては手間なのだ。レイガという名も、一応お前の要望を取り入れてはいるだろう」
「要望?」
「最初はレイゼと呼んでいたのだが、メスっぽくて嫌だとごねられたのだ」
「……………」
要望とはなんぞやと思って尋ねてみた少年だが、聞くんじゃなかったと少々後悔した。蒼竜っていったい。
「……なんだその顔は。言いたいことがあるならはっきりせんか」
「…いや、なんでもねー…」
とりあえず適当にごまかすが、なおも疑いの視線を向けてくる蒼竜から目を逸らし続ける。そしてふと思いつき、明後日の方向から視線を戻した。
「…って、そうだよ。レイガのことじゃなくて、俺はお前の名前が知りたかったんだって」
「私に名前など聞いて何になる。どうせここで別れるのだ。これ以上馴れ合う必要などない」
「ああ、その意見には我も大いに賛成だが、まだやることが残っているぞ」
割り込んだ蒼竜が突然険しい表情をつくる。
「我の逆鱗に触れられたが故に忘れていたが、貴様こそ何者だ。先程、こやつの肩に触れた折に貴様は何をしようとした」
問われた少年はまばたきをひとつした。べつにここまで警戒されるようなことをしようとした訳ではないのだが。
「何って、怪我してるみてーだったから治してやろうと…」
「嘘をつくな。あの折に貴様から感じた魔力は紛れもなく禁呪のものだった」
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